第79話 説明には丸一日かかった

「はーん、クーシーと戦闘になったと。で、燃やした壁や床の修理代を請求、ね」


 ギルド内にある応接室でゼビウスはギルドマスターから事の詳細を確認していた。

 シスはゼビウスの座っているソファの横でしゃがみ込み、顔をうずめたまま動かずにいる。


 幸いというべきか最初に攻撃を仕掛けたのがクーシーであり、ナンシーも非を認めているのでシスに請求された金額は大した額ではないものの、お金を一切持っていないシスはゼビウスに頼らざるをえなかった。


 尚最初はムメイもギルドへ行くつもりだったが、トクメがムメイは無関係と言い張りシスも必死で止めたので今は宿で大人しくしている。


「請求額に問題ないしシスが燃やしたのも確か、言われた通りの額を払おう。息子が迷惑をかけた」

「いえいえ、こうしてすんなり話が……息子? え?」


 ギルドマスターがゼビウスとシスを交互に見やる。


「何だ、娘に見えるのか?」

「あ、いえそういうわけでは……いや、失礼しました」


 ギルドマスターは深く追求せず素直に頭を下げ謝罪した。


「さて、用は済んだし帰るか。ほらシス、いつまでそうやってんだ」

「う、ああ……マスター、ギルドを燃やしてすまなかった」


 ようやく上がったシスの顔はまだ真っ赤で少し目も潤んでいるが、それでもしっかり謝罪する姿にギルドマスターは微笑ましいものを見たような穏やかな笑みを浮かべた。


 ******


「マスター!」


 応接室から出るとギルドスタッフが焦ったように話しかけてきた。

 その後ろには冒険者と思わしき男性二人と女性が一人。


「おや、王国直属の冒険者様がこのような場所に来られるとは……何かありましたか」

「王家からの依頼で来たんだが、一応報告しておこうと思ってな。実は……」

「あれ、ガルムじゃん」


 リーダーと思われる男性がギルドマスターと話を始めかけた時、ゼビウスが女性の横にいる魔物に気づき声をかけた。


 ガルム、と呼ばれた魔物はケルベロスと同じぐらいの大きさをした灰色の狼といった感じだが、胸元に血のような真っ赤なひし型の宝石が埋め込まれている。


「知り合いなのか?」

「ああ、シスは知らないか。ガルムは以前冥界にいたんだけど、ケルベロスと大喧嘩して冥界を飛び出したっきりだったんだよ。死んでいないのは分かってたけどまさか人間の下についていたとはなあ。ん?」

「ちょっと! 人の従魔に勝手に触らないでちょうだい! 礼儀というものを知らないの!? これだからランクの低い冒険者はダメなのよ! 野蛮で本能のままにしか動けないなんて、魔物と変わらないじゃない!」


 わしゃわしゃとガルムの頭を撫でていたゼビウスに女性は金切り声で罵り注目を集めているが、肝心のゼビウスは全く気にせずガルムの顎下や首を確認するように指でなぞり何か確信を得たのか一度頷くと静かに立ち上がった。


「従魔? 従魔という事は、ガルムは自らの意思でお前に付き従っていると?」

「ええそうよ。このガルムは王家に忠誠を誓い、私はその王家に認められ信頼の証としてガルムを預けられているの。つまり、貴方みたいな低俗な人間が王家に近い貴族同然な私と言葉を交わす事は勿論、ガルムにそうやって気安く触れるなんて不敬もいいとこよ。理解出来たのなら早く謝りなさい、今なら見逃してあげてもいいわ」


 気づけば男達が女性を守るように前へ出ており、いつでも抜けるように剣に手をかけているがゼビウスは全く怯む様子もなく腕を組み堂々としている。


「忠誠ねえ。忠誠を誓っているのなら何故ガルムは隷属の呪をかけられている、しかも二重に」

「なっ!」

「貴様! ガルムの忠誠を疑うとは我らだけでなくステンカーラ国をも侮辱するという事! 今すぐその言葉を取り消せ! さもないとただでは済まさんぞ!」

「事実だろ、ついでにこれそれぞれ違う奴がかけているな。一つは意思と行動の制御、もう一つは言葉を奪っている。何か都合の悪い事でも言われるのを恐れてか?」


 図星なのか女性は先程よりも目を吊り上げ更に甲高い声になり、もはや何を言っているのか聞き取れない程早口になっているがとりあえず怒っているのだけは感じ取れた。


 シスはあまりの高音に嫌そうな顔で耳を塞いでいる。


「まあ別にいいんだけどな、俺は。ただ忠誠を誓っているのは誰なのかちゃんとガルム自身の口から聞く必要がある。つうわけだ、ガルム、お前が忠誠を誓うのは誰だ」


 ゼビウスに声をかけられ、それまで置き物のようにピクリとも動かなかったガルムが動いた。

 しかし隷属の呪が効いているのか脚は動いていないが、それでも前に出ようとしているらしく身体はピクピクと震わせている。


「嘘でしょ……ガルム! お前の主人は私よ! 私の命令なしに動く事は認めない! ガルム!!」


 女性はガルムが動こうとしている事に驚き何度も命令するが、ガルムは止まろうとしない。


「ガルム、俺はこっちに来いとは言っていない。お前の主は誰かを聞いているんだ、答えろ」

「……ぅ゛……ぁ゛……」


 女性の言葉には抵抗しているのに対しゼビウスの言葉には従おうとしているその姿に既に忠誠を誓う相手は誰なのか答えたようなものだが、ゼビウスは何も言わず腕を組んだままジッとガルムを見下ろしている。


「……ぅズ……マ゛……」


 何とか声を出そうとしているガルムの口から血が流れてきた。

 話そうとする度に血は溢れ、口だけでなく耳などからも流れているが構う事なく今も口を動かし、更に少しでもゼビウスに近づこうと床を引っ掻いている。


「が、ぁ……! ヴズ、ざ、ま……! ゼビヴズ様!!」


 そしてとうとうガルムがゼビウスの名を叫んだ瞬間、辺り一面にガラスの割れる様な音が響くと同時にガルムの身体が白い光に包まれた。


「ああ、ゼビウス様、ゼビウス様! 私めの事を覚えていて下さっただけでなくこうして情けまでかけていただけるとは!」


 光がなくなるとガルムは先程までの苦しみが嘘のようにゼビウスの足元へ駆け寄りグルグルと周りを走りだした。

 その声も先程までは聞いているだけで辛そうな酷くしわがれた声だったのが、今は渋く落ち着いた声に変わっている。


「よーしよしよし、久しぶりだなガルム。嬉しいのは分かるがちょっと落ち着こうか。で、ケルベロスと喧嘩して冥界から出た後何があった?」

「はっ、実はあの癇癪メス……いえ、ゼビウス様の前で失礼致しました。ケルベロスに深手を負わされ傷の治療へ地上に出た際に運悪く人間に遭遇してしまい……」

「そのまま隷属の呪をかけられた、と。時間を考えるならステンカーラ国の初代とかその辺りか」

「弱っていた事もあり呪縛が解けず、それでも何とか逃げようとしていたのですが何重にもかけられとうとう抵抗すら出来ず……ですが! 私が忠誠を誓うのはゼビウス様だけです!! それだけは変わらずにいました!!」

「ちょっと、待ちなさい!」


 それまで呆然と眺めていた女性がようやく我に返ったのか再び声をかけてきた。

 女性の方は怒りから顔を真っ赤にしているが、男性陣は逆に青ざめている。

 こちらは王家から預けられたガルムが呪縛から解放された事による事態の重さと自分達の今後についてしっかり理解しているらしい。


「貴方、このままガルムを連れ去ってみなさい! 私達を敵に回す事になるわよ! 私達は王国直属の冒険者! この意味分かる!? 私達に逆らうという事は、王家に逆らう事! つまり、ステンカーラ国を敵に回す事になるのよ!! 分かったらさっさとガルムを返しなさい!!」

「今更国の一つ二つ敵に回ってもなあ。脅迫したいのならもっと的確に相手の弱点を突くとか、恐怖心を煽るような事を言えよ」

「なっ、なっ……! 国が敵になるのよ!? 何処にも住めなくする事だって出来るんだから!!」

「はいはい、言ってろ。シス、ガルム、一度冥界……いや宿に戻るか。ちょっとトクメに会わせたい」

「はっ! ところでシスという者は……というよりゼビウス様! 地上へ出られては危険では!?」

「シスは俺の息子。説明は宿でするからとりあえず行くぞ」

「は、はい……」


 ゼビウスはもう女性達には目もくれずギルドの出口へ向かいガルムもそれに続き、シスは少し戸惑いながらもギルドマスターに軽く頭を下げてから慌てて後を追った。

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