第73話 親子問題改善の一歩

 若干不愉快な存在がいるが、旅行自体は何の問題もなく楽しめるだろう。

 ゼビウスのそんな呑気な考えは初日でぶっ壊された。


「話は聞いていたけどここまでとは思わなかった。いや、見ると聞くじゃ大違いとは言うけどさあ」

「急にどうした」


 ゼビウスが思い出しているのはつい先程、宿での部屋割りについてのトクメとムメイの会話。

 といってもムメイは終始無言だったので会話にすらなっていなかったが。


 今回のメンバーでは唯一女性のムメイが別部屋になるのは分かる。

 レヴィアタンは両性具有なので女性ではあるが、男でもある以上トクメは同室を許さず更にはムメイに怪我を負わせている。


 ここまでは分かる。


 問題なのはこれに関するトクメの言い方。


「何で全員が、しかも店の人間もいる場所で、どうしても寂しいなら同じ部屋に来るか?って言うかな」

「手続きしてからではムメイも面倒だろう。ならばその前に聞くのが効率的だ」

「気遣う心があるなら誰もいない時に聞け。あと一言多い。あんな聞かれ方してそうすると答える奴はまずいないし、そもそもムメイちゃんはお前と違ってそこまで寂しがり屋じゃないだろ」


 淡々と、何も悪い事はしていないと本気で思っているトクメにゼビウスは頭を抱えた。


 しばらくしてからゼビウスは顔を上げると無言でドアへ向かって歩き出した。


「ゼビウス? 何処に行く気だ」

「ムメイちゃんの所だよ。言っとくけどシスに何かしたら容赦しないからな、会話も禁止」


 そのままゼビウスは部屋から出て行ってしまいトクメは反射的に無言で睨んだが、シスは咄嗟に視線を逸らした。


 ******


 部屋に入るとムメイはやる事がないのかベッドに寝転がっていた。

 勝手に外へ出ていないのはトクメに言われたからか、怒りが強すぎて何もする気が起きないからか。


 自空間に籠もっていない辺り恐らく後者だろう。


「っ、ゼビウス!?」

「あ、ノック忘れてた。入るよ、というかもう入ってるよ」


 ムメイは慌てて起き上がり立とうとしたのを手で制し、ゼビウスはそのままベッドへと座る。


「……何かあったの?」

「ん? まあ、ちょっとね」


 返事も曖昧にゼビウスは口角を上げると手に体重をかけムメイへと顔を近づけた。


「ゼビウス……?」

「それよりさ……」


 ギシ、と決して安くはないベッドの軋む音が静かに響く。


「いい子なムメイちゃんに特別いい事、教えてあげる」


 ******


 ムメイは現在再びベッドへとうつ伏せになり枕に顔を埋めていた。

 表情こそ見えないが、後ろからでも分かる程耳が真っ赤になっており枕ごしに唸り声のようなものも聞こえている。


 その様子を見ながらゼビウスはカラカラと笑った。


「ムメイちゃんにはちょっと刺激が強すぎたかなー?」

「何これ……本当なの?」

「そうだよ。もう一回説明しようか? なんならもう少し詳しく」

「あ、止めて。もういいから、十分だから」


 もう一度同じ事をしようとして、ムメイが慌てて起き上がったのでゼビウスは笑いながら止めた。

 ムメイは顔どころか首まで真っ赤になっており、なんなら少し涙目にもなっている。


 ゼビウスが教えたのは、トクメがムメイを放置と言える程距離を取る理由。


 それは一度ムメイを殺しかけた為、怯えて必要以上に距離を取っているからだった。


「全然記憶にないんだけど……」

「うん、だってムメイちゃん本当消えかけてたし。発狂中の記憶も曖昧だろうしその状態から間を置かずだったから……時喰い虫ちゃんが完全に自我崩壊してて、あいつがどんだけべったり構おうが問題なかったってのも原因だけど」


 トクメがムメイを娘として迎えた時、既にムメイは自我崩壊寸前の状態だった。

 フローラの侵蝕を止めたところまでは良かったが、トクメはムメイがまだ不安定な状態だったにも関わらず構いまくった。


 そのつもりはなかったにしろ度を過ぎた干渉と過保護すぎる程に構いまくった結果、自由の精霊であるムメイから自由を奪い消滅寸前まで追い込んだ。


 流石のトクメも娘が消滅しかけて動揺したらしく、消えかけているムメイを冥界に連れて来たのをゼビウスは今でもはっきり覚えてる。


「で、それが原因でムメイちゃんとは遠すぎる程に距離取って今の状態になってんの。ムメイちゃんがとても大事で、心の底から愛している故の行動」

「……距離取るってもんじゃないんだけど」

「あいつ馬鹿だからなあ」


 しみじみとゼビウスは頷いた。


 干渉を控えればいいだけの話を、何故か物理的に距離を取り過干渉は控えていない上に一切説明しなかったので凄まじいまでの誤解が生まれている。


 私は娘を殺しかけました、と言いたくない気持ちも分からなくはないが。


「どうせ人間になるってのも何の説明もしてないんだろう」

「ただの気まぐれじゃないの?」

「うん。ムメイちゃんのその永久奴隷の身分さ、人間になったからとかじゃなくて元から」

「え?」

「生まれたその時から永久奴隷だから、精霊である事が知られると人間の奴隷以上に扱い酷くなるから人間になれって言ってたの」

「……じゃあ私ずっと奴隷のまま普通に過ごしてたの?」

「周りの精霊達に恵まれてたね」


 イリス達は相手の身分を調べたり気にするような性格ではなく、ムメイ自身積極的に他の精霊と交流を持とうとしなかったので奇跡的に奴隷だと知られずに済んだのだろう。


 友達いなくて良かったね、とは言わなかった。

 トクメならはっきり言うだろうが。


 改めるまでもなく、トクメとムメイの親子関係が上手くいってないのは十割トクメが原因だと断言できる。

 もしかしたら疑問に思っても聞かないムメイに一割ぐらいは非があるかもしれないが、トクメとは話もしたくないという思いがあるならやっぱり十割トクメかもしれない。


「難しいとは思うけど、ムメイちゃんはもうちょっとだけ自分に興味持とうか」

「う、うん……けど、その前に私これからあいつとどう接したらいいの?」

「何もしなくていいよ。むしろこの状態でムメイちゃんから歩みよったらあいつ絶対このままでいいんだって変な自信持つから、絶対情見せちゃダメ。やるならトクメの意見は無視して自分の意見を強制的に押し付けるぐらいしないと」

「…………」

「さて、いい事はこれでおしまい。シスが心配だから俺は部屋に戻るよ」


 何もするなとは言ったが、あのトクメが本当に大人しく何もしていない筈がない。


「う、うん……ゼビウス。その、ありがとう……」


 小さな感謝の言葉にゼビウスは振り向かずに手を振って応えた。


 ******


「……何やってんのお前」

「言われた通り何もしていないが? 言葉も交わしていない」


 部屋に戻ってみればトクメが壁に向かって仁王立ちしていた。

 その視線の先にはシス。


「威嚇するなよ、シス怯えてんじゃん。オルトロスの姿に戻ってるし」


 視線を遮るように間に入ればシスはようやく安心したように息を吐き身体から力を抜いた。

 まともに呼吸出来ない程怖かったらしい。


「ムメイちゃんの誤解を解いてきてやったんだからちょっとは感謝しろよ」

「誤解されるような事をしたのか?」

「お前だよ、お前。誤解されて遥か遠くまで心の距離取られてるお前の誤解を解いてやったんだよ」


 トクメのフォローは一切していないが。


「誤解されるような事は何もない。私はムメイからちゃんと父親として慕われているからな」


 そう自信満々に取り出した本を見てゼビウスは冷めた目になった。


 そういう事してるから嫌われるんだよ。

 あと親として慕ってんのはお前の行動じゃなくて『父親』の記憶に引きずられてるからだ。


 そんな意味を込めて見つめているとトクメの目が不審げなものに変わった。


「しかしお前はやたらムメイに気をかけてはいないか?」

「そりゃムメイちゃんは未来の俺の義理の娘だもん、優しくするだろ」

「…………義理の?」

「まだ違うけど。まあ近い将来? 近くなくてもいずれは」

「………………」


 その日の夜、トクメ達の部屋は荒れに荒れた。

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