第406話 ウエハース(後編)
実習棟二階真ん中の書道部の部室、窓際真ん中の陽が当たる席と、数人の部員達。
「…………あの、狭いんですが」
「そう?」
息抜きは必要。
その息抜きの内容や方法は人それぞれ。
放課後の今、部室に誰かいるかな、と覗いてみたらまぁ大変。
本当に今年の一年生はとても真面目で参加率が高い。
教室内の端々に机や床に道具を並べては文字を綴っている。
そして私は、ハギオさんの隣に座っている。
割と近めの距離は初めての距離だ。
「何か用ですか」
ハギオさんが持っていたお菓子と私が差し入れに持ってきた飲み物で強制休憩中。
うむ、ウエハースのさっくりぱっさりの後のカフェオレはごっくり合う。
「特に用っていうわけではないのだけれど」
うふ、思いっきり顔を顰めて面白い。
気になったのは先日。
移動教室で校内を歩いている時に見かけた時だ。
「何かあったのね」
女の子が髪を切るんだもの。
気分転換、なんとなく──なんとなくは、なんとありだ。
「まぁ、ちょっと」
まだ慣れないのか、おでこの真ん中くらいの短い前髪を指で、わさわさ、と掻く。
「……どこまで知ってます?」
「どこも知らないわ」
私が知っているのは髪を切ったハギオさんの顔がよく見える事だけ。
するとハギオさんは掻い摘んで教えてくれた。
わざわざ、という気もしたのだけれど遮るのも違うと思って黙って聞いた。
「……そんなわけで変身しようかと思って、とりあえず前髪失敗したとこで──あの、狭いんですが」
気づけば私はハギオさんを抱き締めていた。
「先輩?」
私よりも華奢で、小さくて、可愛い後輩。
どうしてだろう、似たような経験があるのに、こういう時どういう言葉をかけたらいいか迷う。
良かったね、じゃない気がする。
勝ったね、も違う気がする。
頑張ったね、も変な感想だ。
「……優しい嫌がらせよ」
「はぁ?」
当然の声。
けれど私の中でしっくりきてる。
私は、私の時は誰かにこうしてほしかった。
解決していなくても、した後でも、誰かがいるという安心が欲しかった。
独りじゃないって知りたかった。
するとハギオさんが緩く、仕方なしというように背中に手を回してくれた。
ぎこちなくて少し笑っちゃった。
「んふっ、お互いキャラじゃないわね」
「ですね。百パー先輩のせいです」
「いいわ、私のせいで」
「まぁ……一応の終わりなんで。あんなのにもう
「クソくらえ共?」
「ふっ、先輩もくそとか言うんですね。です、クソくらえ共です」
私の場合は許した。
だからと言ってハギオさんも、とは言わない。
どれもこれも同じにされるなんてたまったもんじゃない。
よくある、お互いごめんなさい、なんて真っ平ごめんだ。
「で、離れるタイミングがわからないので、せーの、で離れませんか」
変な提案にまた笑ってしまった。
彼女は不器用でも真っ直ぐで楽しい。
せーの、で、離れた私達はなんとなく顔を見合わせて微笑む。
そしてお菓子を食べた。
口の中の水分を持ってかれるのだけれど、その乾いたところにカフェオレがうんと美味しいので無限に食べれちゃう困る。
「……一応、ありがとうございます」
おや?
「キャラ変ごっこ継続中?」
「たった今終了しました」
「冗談。一緒にお菓子食べたかっただけよ」
息抜き継続中。
それに嫌々ながらも付き合ってくれるハギオさんっていい子。
「それとも、私はあなたの味方よ、ってわざわざ歯が浮くような事言った方がよかったかしら?」
「浮いてます?」
うっきうき。
「感じてもらうものをわざわざ言い聞かせるなんて、ねぇ?」
「嬉しい人もいるんでしょうが、あたしは無理ですね。で? っていう」
「私達ってやっぱり似てるわ」
「……浮いてます?」
「どっちがいい?」
先輩ほどイイ性格してませんよ、なんてハギオさんは言うので、もう一度くっついてやろうかな、って考えたけれど両手が塞がっていたので断念する。
さて、このまま帰るか、もう少し遊んでいこうか──と思った時、後輩達が、おずおず、と声をかけてきた。
一筆綴っていきませんか、っていうか、見たいのでお願いします、だって。
本当に真面目な後輩達。
では一筆、何にしようか──うん、これにしましょう。
久しぶりに握る筆と墨の滑りと、囲まれる視線。
悪くないわ。
「…………あたしに似てるなんて嘘だ。だってこんなの、書けないですもん」
あなたはひとりじゃない──『
※落月屋梁……友人を心から思う
恋と甘さは比例しない 雨玉すもも @amesnow
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