第395話 錦玉羹(前編)

 女子の婆ちゃんは思ったよりもずっと小さな人で、聞いてた通りの表情が……固い? ような。


 婆ちゃんっつっちゃったけど、お婆様の呼ばれ名通りにぴしっとした着物が似合う人だった。


「──はっ、初めましてっ、日下椋っていひますっ」


 ひぇっ、声上擦ったぁっ。


 日曜日。


「……初めまして、久良木志羽っていいます」


 午後一時過ぎくらい。


「むふっ、どうしてシウまで自己紹介してるの?」


 女子の家、の、リビング。


「場を和らげたくって。改めて紹介するわね。母さんは前に一緒お菓子したらしいけれど」


 そうですしましたケーキいただきましたっ。


 左隣に女子で、ローテーブルの対面に女子のお母さんで、その隣に女子のお婆様が座っているわけなんだけど。


「えと──」


「──お付き合いさせていただいて、ます。私からもちゃんと挨拶したかったの」


 それー、俺が言いたかったぁよ?


 緊張で正座からまだ足が崩せない。


「……です。よろしくお願いします」


 頭を下げて、そろり、と顔を上げるとお婆様は表情を少しも変えずにいらっしゃった。

というか、テーブルにある和菓子──きんぎょくかん? ってやつを見つめていた。

薄い透けた水色のぷるるんとした中に小さな金魚がそよりと泳いでいるやつで、もう夏の終わりだけど夏の名残りっぽくて涼し気な感じがする。

あと冷たい水出し緑茶に氷が二つ。


 そして、目が合った。

まばたきもなく突然だったので、体がちょっと跳ねてしまった。


「リョウさん」


「は、はいっ」


「婆の志麻シマです。よういらしてくださいました。あなたの話はスミレちゃんから聞いてます。もちろんシウちゃんからも」


 スミ──おばさんと女子は揃ってしてやったり顔でピースを俺に向ける。

ぬぅん……。


 女子の婆ちゃんは黒々とした髪をきっちりまとめていて、目がまんま女子って感じだ。

じぃ、と見てくるところもそっくり。

困った、目が逸らせない。


「ねぇ、溶けちゃうから食べてもいい?」


「はいはい。リョウさんも遠慮せずに食べてくださいね。それとも若い子ぉに和菓子はあれだったかしらね? あと溶けやしないよ、ゆっくりお食べ」


「い、いえ。甘いもんは何でも食える──じゃなくて、食べれますんでっ」


 しまった言葉使い俺しっかりしろほんともう──。


「──私も何でも食えるのよ、甘いものは特にね」


 ……おや? 超薄っすらだけど、婆ちゃん笑ってくれた? なんだろ、女子と初めて喋った時っぽい。


「……いただきます」


 皆でひと口。

わー……涼し美味いー。

若ぇから和菓子あれとかこれとかって勿体ねぇよ。

とりま食ってみれ、わかるから、ってやつだこれ。


 それから当たり障りない感じで、話が始まった。

俺らが同じクラスでとか、部活は何だったとか、学生である俺らの話。

それから付き合うに発展した話を嬉々として聞かれて、照れた。


「えと……なんとなく?」


「はぁ?」


 おっと、お気に召さない素直な声だねシウちゃんちょっと待って説明します。


 俺は木製の二股のフォークを置いて姿勢を正す。


「マジな意見です。あの、こういうの言うと恥ずいんですけど、気づいたらっつーか……知りたいって思ったん、です」


 取っ掛かり方なんかわかんなかったし、つーか女の子と何話していいかさえわかんなかった。

今思えば、必死、だったかも? 何か理由付けして──お菓子目当てにして、ちょっとずつ、ほんとにちょっとずつ知ってもらったんだ。

今だって、どこが、って聞かれると困る。

全部って聞かれたら、うん、って言える。


「シウちゃ──さんがシウさんだから、ですかね」


 まだまだ足りない、もっと欲しい。


 だから今日、話に来たんだ。


「今日は自己紹介もそうですけど、もう一つ話に来ました」


 おばさんと婆ちゃんは顔を見合わせて、また俺らを見てきた。

心臓ばっくんばっくん鳴ってる。

お茶、もうひと口飲めばよかった。

女子も改めて正座し直して、見えない机の下で俺の手を繋いできた。


 言う。


「大学に受かったら、シウさんと一緒に暮らしたいと──」


「──許しませんよ、私は」


 婆ちゃんの答えが早くて、俺達はしばし固まったままだった。

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