第380話 塩ライチジュース(後編)

 実習棟二階の真ん中、書道部の部室には部員の皆が集まっている。


「最後まで部長は兼部の方ですね」


「えっ、部長ってクラキ先輩じゃないんですか?」


「私は部長の器でもないし、むしろ副部長も辞めたいくらいよ?」


「馬鹿言ってねぇで決める事決めてくださいよ」


「カトー君が全部準備しまーす」


「わー、すっごい馬鹿」


「馬鹿って言った方が馬鹿なんですー」


「……どうして皆さん止めないんですか?」


 他の部員はもう見慣れた光景で、一年生達だけがおろおろしている。

そして場を元通りにしようと二年生の部員がジュースを配り出した。

スイーツ部からのお裾分けらしく、二つ返事でいただきます。


 ん、やんわりしょっぱすっきり、けれどライチの独特の甘みがふんわり残る感じ、冷たいのが、じんわぁ、と胸まで広がる感じ。


 まだまだ暑いものね、とそろそろちゃんとしましょうか。


「それでは決めましょう。と言っても、事前に言っておいたので各自考えている事と思います。私達書道部は書の展示がメインとします。半紙に限らず、様々なものに書いて結構よ」


 一年生が例を欲しがったので簡単に、葉書やポストカード、色紙に短冊など、と言うとそれぞれ話し合いが始まった。


「道具や文字が他の人と被っても、あなた達ひとりひとりの作品を綴る事。最低一点、多くて三点くらいにしましょうか。比べたりは絶対にしない事。インスピレーションやアドバイスは結構、協力は惜しまない事。机やパーテーションをそれぞれ割り振るので思う通りに遊びましょう。はい、質問ある人はどうぞ」


 と、手を挙げたのは一年生。

質問は、私はどういうものを作りますか、というものだった。

初めての事で見本というか、これも例が欲しいのだろう。


「まだ考え中だけれど、豆色紙を使おうかなって思ってるわ。額に入れて机に写真立て風に飾ってもいいし、壁でもいいわね。どれにしても出来た文字を見て決めるかな」


 大きく強い字だったら立った目線に合うようにした方が、がつん、とクるかもしれない。

少し目線を下げて見せたいかもしれないし、それはその人の見せ方とやり方でいいとする。

書いて終わりじゃない遊び心のある、我が書道部らしい企画だと思う。


 だから、最後に精一杯遊ぶの。


 それから、何を書いてもいいんですよね、との質問。

過激なものや品位がないものじゃない限りオーケー。

ガラスの写真立てに挟んでも? との質問。

何それ素敵、真似してもいいかしら?


 そしてもう一つ。


「──パフォーマンスの方、どうします?」


 カトー君からだ。


 去年、私ひとりだけで生書道……生書き? をしたのだけれど、今年はカトー君もそれをする──それも対戦方式でだ。

もちろん文字でだ。


「二日目の午後二時くらいに三十分程度を予定しているわ」


「その時間、確定でいいっす。あと俺ら二人だと厳しいんで、クラスの出しもんとかなけりゃ、補佐つけたいっすね」


「ええ、今のところ時間に余裕がありそうな人はいる?」


 手を挙げたのは一年生のハギオさん、そしてカトー君と同じ二年生の男の子。


「まだ日もあるし仮決定で──」


「──いえっ、やりたいですっ、やらせてくださいっ」


 と、ハギオさんからやる気ある声が飛んだ。

注目を浴びて少したじろいだけれど、続けて小さくこう言ってくれる。


「ま……間近でお手伝い出来たらいいなって思ってたので……未経験だし足手まといだとは思いますけど」


「そんな事ないわ。これがあなたにとってプラスの経験になるように私も頑張らなくちゃ──ううん、一緒に頑張りましょう」


 私がそう言うと、ハギオさんは顔を赤らめて頷いてくれた。


 彼女はどこか、自分を隠している気がしていた。

それが少しだけ、解けた気がして嬉しい。

それに最初から感じていた事──彼女は自分を抑えているようなところがある。

顔を隠すような長い前髪も、日頃のきつい言葉の選びも、なんとなく。


 すっきりしない何かを私は知りたい。


「じゃ、俺と対決ですけど、? って何すか?」


 次はカトー君。

そう、簡単な言葉の遊び。


「今やってみましょうか──


 気づいたカトー君は険しい顔で頭を回転させる。

先制攻撃は、先手を取って攻撃する事。

その意味をしていく、というのが対戦方法だ。


「……?」


 追い詰められれば弱くても逆襲する、という意味。

私の攻撃に上手い反撃だ。


「んふ、カトー君書けるの? ──


 猫繋がりで、隠した本性がある、という意味。

この私だもの、おとなしくするわけない。


「……?」


 動物と爪繋がりで、同時にその意味を私にぶつけてきた。

カトー君が面白い字を書く子だって私は知っている。


 このように、相手と繋がる意味や文字の一つを取って繋げていく、言わば、お喋りのように勝負の掛け合いをしていく、というのが私達が考えたパフォーマンスだ。

もちろん書けないとそこで負け。


「…………俺、不利じゃないっすか?」


 あーら、弱気なんてらしくない。

けれどここで、大丈夫よ、なんてのは彼を鼓舞しない。


? あらあら」


 多少の煽りも付け加えると、カトー君にいつもの活気が戻ってきた。


「ぜってー負かす。あー…………!」


 これは私とカトー君の遊びでもある。

彼に色々教えてきたけれど、そう来たか。

なら、私はこう返す。



 そう挑発した私は、ひとりではない綴りを楽しみにするのだった。

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