第372話 ガレット・ブルトンヌ(後編)

 アイスカフェオレの氷が最後の一つを何とか保っている時、私は複数の資料を見ていた。

本当なら素敵な小説でも読みたいところだけれど、今日来た理由は別だ。


 進学先を決める事。


 二者面談をした時から、夏休みの間に自分で答えを出そうと決めていた。

真面目か不真面目か、お影さまで私の学力は受験にそう難しくはないらしい。

ひとり自分が長かったからかもしれない──なんて自虐はやめなきゃ。

知らなかった事柄を知るのは好きで、さらにそれを学ぼうと思ってからの勉強は結構捗っていたのも事実だ。

まずは学びたい場所へ、と考えた私は学校の進路資料室で探した。

聞いた事がある、ないの学びの場所は様々で、正直並べただけで疲れた。

そこから絞って、絞って、オープンキャンパスにも行った。

行って、知って、さらに絞った資料達がアイスカフェオレの隣に並んでいる。

最後の夏休みで、お気に入りのお店で、好きなお菓子はもうお腹の中。


 これが素敵な小説に変われば、なんて思ったりして。


 頬杖をついて資料を見ては次の資料を見る。

考えなきゃいけないのはわかっているのに、まとまらない。

こっちはこれがよくて、こっちはこれがよく、ここはこうだけれど、あっちはこうで。


 ……うん、閉じましょう。

何度も見たし、何度も読んだ。

あとは選ぶだけだ。


 聞いていた資料を閉じて、ふ、と息を吹く。

代わりにそばに置いていた携帯電話の画面をタップした。

用もないのに開く回数が増えたのは、携帯電話の中に友達が増えたせい。

去年はこんな事なかったのに、何してるんだろう、と考えるのは興味があるせい。


 リョウ君は今、何してる?


 ……ううん、連絡はよしましょう。

今は私を考える時だ。

彼もどこかを選んでいる、はず。


 まだ時間があると思った。

もっと時間があると思った。

けれど時はすぐに過ぎていって、短いなんて文句が出てしまう。


 私達は、短い。


 過ぎてしまえばあっという間と何度も感じたくせに、こうなってから焦るだなんて──面白いわ。


 目を閉じて考える。


 通っている学校を受けた時は、姉さんが通っていて楽しそうだったから選んだ。

同じ制服を着たかった──見せたかった。

どう? 似合うでしょう? って笑いたかった。

遅くなったけれど、笑えた。

それからいっぱい、友達が出来た。

線を越えて、壁を取り払って、私を知ってくれた人達は一緒に悩んでくれて泣いてくれた。

尊敬する先生にも出会えた。

力の抜き方が上手な人で、勉強以外でも大事な事を教えてくださった。


 好きな人にも会えた。


「…………離れたくない、なんて──」


 ──言っちゃ、駄目。


 口を噤んで俯く。


 私にやりたい事があるように、好きな人にもやりたい事がある。


 こんなの、弱音だわ。

好きな人が出来た事で、弱くなるなんて思いもしなかった。

強くならなきゃ、大人にならなきゃ。


 目を瞑ったまま、混ぜこぜになった資料の一つを手に取る。

もういい、この中のどこでも私が行きたいところだ。


 背筋を伸ばして、三秒前。

ぱ、と目を開けた時、すぅ、と新しい空気が体に入った気がした。


「……ふふっ」


 思わず笑いが出てしまった。

こんなに簡単に決めれた事が可笑しくって、今まで悩んでいた目の前がひらけた気がしたからだ。


 携帯電話の画面をタップして、父さんにライーンする。


『大学決めた。夜、一緒にゲームする前に話すね』


 よし……うわぁ、既読早いなぁ。


『負けないよ!』


 うん、私も負けないわ。

もちろんゲームにも。


 時間は夕方、窓の外はまだまだ眠くないと太陽がまぶしい。

少ぉし残ったアイスカフェオレが最後に溶けた氷の透明と二層になってしまっている。

薄くても香る甘さを音を立てないように吸い切る。

すると見計らったようにマスターさんがおかわりのアイスカフェオレを手に持ってきた。


「頼んでませんけれど──」


「──また見惚れてしまったお礼と僕からの応援だよ」


 頼んだグラスより何口分か小さいグラスには、新しい二層の色。


「ありがとうございます。いただきます」


 私は、私の未来を歩く。

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