第369話 マーブルチョコレート(前編)

 私が十四歳だったあの日、クラキユウは生を終えた。


 今日のように雨がない日で、今日のように暑くて、今日のように静かではなかった。


 ここは緑が近い場所で、多くの人が眠る場所で、セミの鳴き声が響いている。


 黒ではない服を着ている私はお気に入りのスカートで、靴で、姉の前に立っている。


 ここに来るのは何度目でしょう。

こういう、その日とされる日以外にも私はここに来ていた。

会いに来ていた。


 一人で、来ていた。


 何を話すでもなく、ただ立って、時に座って、何分も何十分も何時間もいた。

今日のように暑い日も、今日のように暑くない日もだ。


 頭の中の問いかけは自分で終わってしまうばかりで──話しかけても返ってこないのが、かなしくて……むなしくて。


 けれどもう、何もしないのは終わりにする。


 ごめんなさいを、終わりにする。


 姉さんの周りを綺麗にして、お線香の束に火を点ける。

煙が風に舞って、一度二度瞬きをしてから寝かせ置いた。

左右に飾った色鮮やかなグラジオラスの花が綺麗。

しゃがんだまま、手を合わせた。


「──久しぶり」


 あのね、私、ずっと言いたかったの。


 あの日──一緒に出掛けた日。

休日で寝ていた私に馬乗りになって、買い物行こうって揺り起こしてさ。

何なのって、私が寝起き不機嫌でもお構いなしで、お揃いのゆるーい片側三つ編みの髪型にしたよね。

姉さんは朝から元気で、機嫌が良くて、いつも通りだった。

そういう強引なところ、私が少し鬱陶しく思ってたのもきっと知ってたよね。

結局、私が折れるのを知っていたから押し通してたんだよね。

結果、私も楽しくなっちゃうのはお見通しだったんだよね。


 今、あの日に買ったスカート、履いてるよ。

どう? 似合ってるでしょう? 姉さんがごり押ししたやつだものね。

やっと……やっと着れたの。

もう流行りでもないし、ううん、そういうの気にしないけれど、ずっとタグも取れなくてクローゼットに仕舞いっぱなしだったの。


 ……姉さん、私、あの日の姉さんと同じ十八歳よ。

あなたに憧れて、嫉妬した時を越してしまったわ。


 姉さんは止まっていて、私は生きていて……ずっと怖かった。


 姉さんが助けてくれた場所はまだ行けないし、行こうとも思わない。

事故を起こした人は真摯に罪を償ってると思うし、それ以上は知りたいとも思わない。

姉さんはある意味目立つ人だったし、私で発散しようとした人もいる。

けれど、もういいの。


 私、強くなる途中なの。

だから、言います。


「──ありがとう」


 やっと、言えました。


 手を解いて目を開けた私は、ふっ、と息を吐いた。


「……紹介するわ。私の彼氏、クサカリョウ君」


「へぇっ!?」


 間抜け声に斜め後ろを見ると、男子はおろおろしていた。

男子の他にも二人いる。


「カジさんとミヤビちゃんんも来てくれたの。変な面子よね」


 また姉さんに向くと、三人は後ろで、こそこそ、と話し出した。

丸聞こえだ。


「ミヤ君、シウちゃんにミヤビちゃんって呼ばれてんだねぇ」


「嫌がらせで呼ばれてんの」


「シウちゃん呼び……」


「ん?」


「あ、いや、シウちゃんって呼んでるんだな、と思いまし、て」


「ユウさんが呼んでたから自然とね」


 姉さんには、さん付けなのに、私は、ちゃん付け。

どっちでもいい──呼んでくれるだけで、嬉しい。


 ……うん、私、一人じゃないの。


「──ああ、姉さんが好きだったやつ持ってきたんだけれど、何色にする? 私はピンク色」


「俺はいつも通り緑色」


「姉さんはいつも通り橙色ね」


 わからない二人が顔を見合わせている。

バッグから出したのは、細い筒状のお菓子。


 姉さんはこれが大好きで、いつも持ち歩いていた。

そして不思議な事に、食べたい色を必ず振り出していた。


「……じゃあ、水色で」


「……黄色?」


 やってみましょう。

ざらざら、と適当に振って手のひらに一粒──。


「──やっぱり姉さんみたいにはいかないわ」


 七つの色が入っているマーブルチョコレート。

出たのは、美味しいチョコレート色だった。

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