第326話 ソフトクリーム(後編)
アイザワアキですっ。
やったっ、サクラ先輩とデートっぽい事してるぅぅっ。
最寄り駅とは反対側でいつもは行かないところ。
学校近くの公園はクレープ屋さんがあって、最近ソフトクリームが人気で一回行ってみたかったんです。
夕方六時で閉まっちゃうから、部活部活でなかなか行けなかったんです。
けれど今日はテスト中で、まだお昼で帰れるし、正直今回のテストの出来はあんまりよくないんだけれど、たまには──初めてくらい、いいよね? ちょっとだけ、一本だけ、一味だけ──。
「──あたしはバニラとイチゴのミックスにしますっ。先輩は?」
ちょうど人がはけた時だったみたいで、店先にはあたしとサクラ先輩の二人ぼっち。
メニューに載ってるソフトクリームはどれもこれも美味しそうで迷ったけれど、あたしは、これ! って最初に思ったやつにいつもするようにしてるから決めるのが早かったりします。
友達のチグサとかは決めるのおっそいの。
悩んじゃうのわかるし、急いでないからゆっくり選んでーって感じだけれど、サクラ先輩もチグサと同じタイプみたいでまだ選んでいます。
「あんま甘くねぇやつがいいんだけれど……うーん」
ソフトクリームで甘くないやつを探すのはなかなか難易度高いのでは。
他の味は何があるか、ともう一度あたしもメニューを見てみます。
バニラ、チョコ、抹茶……色々あるけれどより甘くないのとかって食べないとわかんなくない?
「あっ、ミルクどうです?」
「え、甘そう」
「牛乳味でさっぱり味って書いてありますよっ」
「その味がさっぱりわかんねー」
そういう事ではなくっ。
すると店員さんが、塩ミルクもありますよ、と声を掛けてくれたので、あたし達は、お、となりました。
「お前、塩ミルク食った事ある?」
「ないです」
「じゃあこれにする」
ワッフルコーンで、とサクラ先輩は注文します。
そして今の今まで繋いでいた手が緩みました。
「一回離す」
「あ、はい……」
何だろ、なんか、名残惜しいっていうか、寂しいっていうか……うん!? あたしってこんなだったっけ!? こんな状況初めてだけれど、イメージとかシュミレーションとかだと平気だったのに!
離れた右手をぎゅっと握ってからあたしもお財布を出します。
「あ、出す出す」
「え、い、いいです!!」
しまったっ、声大きかったっ。
サクラ先輩も目ぇ丸くしてるし、店員さんもこっち見てるし、でも誘ったのあたしなのに奢ってもらうのとか、その。
するとサクラ先輩は、ふーっ、とため息をつきました。
「……誘ってくれたお礼なんだけれど」
あ。
「つか──俺がしたいからするんだけれど」
ソフトクリーム一本、三百円。
ちょっと高級。
「じゃ、じゃあ……今度はあたしが奢り、ますっ」
「ふっ、じゃあ決まりな」
今の、サクラ先輩のふとした時に出る薄っすらな笑い顔。
嬉しいのかな……あたしが奢られてるのに。
男の人って、わかんないな。
まだまだ、サクラ先輩の事わかんないんだなぁ……。
空いた右手が寂しいとか、また、初めて思った。
あたしも、あたしの知らなかったあたしがいるって、思った。
「……ふへ、ありがとうございます。先輩」
「おー……って、顔ににやけ過ぎなんだが?」
にやけもしますって。
だって嬉しいんですもん──あ、これって反対側のあたしもなんだ。
ソフトクリームを受け取って公園のベンチにあたし達は歩き出します。
木陰になっているから暑さがちょっとはマシそうです。
それよりスプーン付きとは。
ちぇー……両手にどっちも好きなもの、握りたかったんだけれどなぁ……あたしってば、またなんか、乙女チックな事考えてたっぽい!?
「アイザワ?」
「へいっ!?」
元気いっぱいな変な返事をしちゃったよ!
「ん」
するとサクラ先輩はまだ食べていない塩ミルクのソフトクリームをあたしに向けました。
「お食べ」
「お、お食べますけれど、サクラ先輩先にいいですよっ」
「早く食べれー、溶ける」
それもそっか、とスプーンで掬って、いただきます。
ん、ほんとにさっぱり優しい牛乳味にちょっとだけ感じる塩の粒、けれどすぐに溶けて合わさってくぅ。
「わー、これあたし好きですっ」
「どれどれ……あーうん、食える」
感想は淡泊だけれど、よかった。
うん、バニライチゴも美味しっ。
って、サクラ先輩食べるの早っ。
「そんなに急いで食べなくても」
ちょっと笑うとサクラ先輩はワッフルコーンをがりがり、と食べて、ごくん。
「いや、あー…………やっぱいい」
「言いかけよくないです」
そう言うとサクラ先輩はあたしの手からスプーンを取って、そのまま近くのゴミ箱に投げちゃいました。
先輩のスプーンも、投げちゃいました。
「……ん」
空いた大きな左手が、あたしの空いた右手を握ります。
どうやら、同じ事考えてたっぽくて、ソフトクリームが溶けるのも待てないくらいに、思ってたみたいで。
「……うへへぇ。耳、真っ赤っかですよ」
「うっせ、こっち見んなっ」
どうやらサクラ先輩は、思ってたよりずっと甘い人なのかなって、あたしは思ったのでした。
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