第316話 メロンソーダ(後編)
こんなにむかついたのは久しぶりだ。
「──お前の姉ちゃん、嫌いだ」
俺は嘘をついた。
女子は驚いて俺の手を振り払った。
「な……なんて事言うの? 姉さんの悪口なんて──」
「──今、お前が言ったんだ」
姉さんの方が好きなのに。
比べるのは皆じゃない。
女子も比べているんだ。
自分よりも、自分なんかよりも、と蓄積された想いと投げられた言葉達がそういう形を作ってしまっていた。
それに倣うと俺の答えはこれしかない。
けれど、女子はそれを許さない。
「ち、違う」
ほらな。
「何が? 皆が言うからか?」
女子は押し黙った。
「言い返せよ」
いつもみたいに、いつも俺にやり返すみたいに。
「……違う」
「何が?」
言い返せ。
「だって……」
言い返せ。
「……姉さんを知らないから言えるんだわ」
「俺はお前を知ってる」
さっき女子が姉ちゃんの話をした時、女子は穏やかだった。
楽しそうだった。
俺は女子の中にいる姉ちゃんを知った。
「やっぱり嫌いだ、お前の姉ちゃん」
もうひと押し。
「……今のあなた、優しくない」
うん、優しくしてねぇもん。
「お前の姉ちゃんのせいだろ。こんなんなって──」
「──優しくない!!」
女子が叫んだ。
やった、と俺は思った。
女子が怒った。
それが狙い。
「……私は、悲しんではいけないの?」
出た。
女子の本音が、出た。
「悔しいし、むかつく……腹が立つわ──こんな自分」
けれど、どうしていいかわからないの。
そう言った女子は体育座りの膝に顔を隠した。
これまで女子は自分に向けられる敵意みたいなものをなぁなぁに誤魔化して、無視して、冷たく自分を閉じ込めてきた。
それが間違いだったか、俺に是非は言えない。
ただ、このままのシウちゃんが嫌なだけだ。
「──シウちゃん」
俺は女子の頭を撫でた。
「ごめん、意地悪した。優しくするから顔見せて」
まだ女子は顔を上げない。
「……シーウちゃん?」
覗き込んでようやく少しだけ顔を上げた。
「……私だって寂しい。けれど、もしもの話をしても何もならないの」
うん。
「私が何か言われるのはいいの。ずっとそうだったから、いいの」
よくないけれど、うん。
「あなたにそれが向いたのは、我慢ならないし、我慢しない」
ミヤビちゃんの事だ。
けれどそのおかげで今、話が出来ている。
俺は女子の肩を抱き寄せて、そのまま腕を回した。
真横に向いたままの女子を足の間に入れて、ため息をひとつ零す。
「お前さ、もっと自分のために怒れよ」
我慢なんかしなくていい。
言い返して、やり返して、そういうのが俺が知ってる女子だ。
俺が好きな奴は、そういう奴だ。
「らしくねぇ事すんなって」
女子が、もぞ、と顔を上げた。
少しだけ潤んだ目が近くにある。
「いつもの威勢はどうした? ん?」
「……優しくないぃ」
女子の眉間が寄って、俺は少し笑った。
こういう時、時間が解決するなんてよく言われる。
けれどそれは人それぞれで、誰もが当てはまるわけじゃない。
悲しいままの奴もいれば、悲しみが変わる奴もいる。
良い方向にも、悪い方向にもだ。
それを知って、分けてくれた俺は、どうする?
すると女子が突然こう宣言した。
「──頑張る」
「頑張る?」
「……私が知らなかったように、あっちも私の事、知らないから、だから頑張る」
うん──うん。
「まだ怖いし、どうしていいかわからないけれど……変わるって、決めたから」
色んな私になる、と女子は言っていた。
まだ何もわからないけれど、そう決めたのなら俺はこうするのみ。
「フォローは任せろぃ」
「……ふふっ」
やっと女子が笑った。
そして俺に抱き着いてきた。
首の下のところに頭があって、それからぶつぶつと文句が聞こえてきた。
「……ミヤビ君むかつくわ。クサカ君のちゅーは私のなのに。くそー」
くそとか。
「むぅーん……怖いなぁ。わかってくれなかったらどうしよう。めんどくさいなぁ」
めんどくさいとか。
あと首のところで頭ぐりぐりされるのはちょっと痛い。
「……それでも、頑張るから見ててくれる?」
見なかった事あるかい。
つーか、普通に見たいから見る。
「──もう頑張った」
「……あは、じゃあもうちょっとぎゅってして」
充電したいから、と女子が可愛い事言うもんだから俺は、もやぁ! としたのを必死に抑えるのだった。
けれどすぐに母さんが帰ってきたので離れたのだった。
くそぅ!
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