第283話 ゆず茶(前編)

 女子会という名の羞恥暴露交流会がまだ続いてる中、こんこん、と部屋の扉が叩かれた。

助かった! とアタシはビーチフラッグのスタートのように飛び起きて入口へと走った。

後ろから、逃げた! とか、助けた奴誰だー! とか聞こえるけれど無視!


「はいはいー……って、何で?」


 ノックの犯人──じゃなくて、お助け人は何故か立ち入り禁止の女の階にいるコウタローだった。


「何でないでしょ。委員長のノーノちゃん?」


 眼鏡の山を指で押し当ててそう言う副委員長のコウタローを見て、はっ、と思い出した。


「わ、忘れてたっ、ごめーん!」


 各クラスの委員長と副委員長はそれぞれクラスメイトの部屋に点呼に行く事になっていた。

しかしお喋りの楽しさと若干のめんどくささと襲ってきた眠気にアタシはすっかり忘れていたわけで、すると後ろから皆の、コセガワ君も女子会のどーお? というお誘いが飛んできた。


「いやいやー、女の子の部屋は魔境だからここまでにしときまーす」


 魔境って、と備え付けのスリッパに足を通したアタシは皆に振り向いた。


「はーい、じゃあこの部屋の点呼取りまーす。いない人ー」


 いなーい! と元気な合唱で点呼終了。

記録長にコウタローがチェックを入れていると、女子がこっちに来てアタシに、ひそ、と耳打ちしてきた。


「気を付けてね」


「はぁ?」


 気を付けるも何もこの四階と三階の数部屋に行くだけ──。


「──夜のお散歩は危険がいっぱい」


 女子は、ちら、とコウタローを見た。


「ん?」


 …………そーゆーことー。


「ないっ!!」


「え、何? 何かついてる?」


「ふふっ、行ってらっしゃい」


 アタシはコウタローを押しやって扉を閉めた。


 何だよ何だよっ、そういう事言うとさ、き、ききき、気になってくんじゃんよっ! もーっ! シウの馬鹿!


 ※


 普通、こういう点呼は先生がやるものだけれど、我がクラスの担任のオオツキ先生はこういう手間を省くのに才が長けている。

ほとんどをアタシら委員に預けて生徒達で何かしらやらせるのだ。

やらせる、とか言い方もあれだけれど、自主性を重んじているのだろう。

とにかくアタシ達を信用してくれているんだな、というのは感じているので点呼くらいなんて事ない。

それにクラスの奴らもいい奴ばかりだ。

四階の女の子達の部屋の点呼は終了。

エレベーターを待っている間、ふぁ、とあくびをしてしまった。


「でっかいあくび」


「んー、はしゃぎ過ぎたかなー」


「旅行ってそういうもんだよ」


 うん、とアタシはコウタローの横顔を眺めた。


 こういうとこ、今までもあった。

あったんだけれど、初めてみたいに響いてくるのは何でだろう。

何気ない事で笑って、喜んで、嬉しんでくれる。

まるで自分にあった事のように。


「──うぉう、上着羽織ってくればよかったかも」


 誰もいない廊下──エレベーター前は若干冷えていて、半袖から伸びた腕を誘った。

するとコウタローは記録表をアタシに渡して、着ていたジャージを脱ぎ出した。


「えっ、いーよ! すぐ終わるし──」


「──駄目。女の子は冷やすもんじゃないよ」


「い、いいって……」


 それじゃコウタローが寒くなってしまう。


「僕が体温高いの知ってるでしょ? はい」


 ぐぬ。

先手も、その後の先手も取られて何も言えない。

言えるのは肩に掛けられたジャージの温かさだけ。


「……あ、ありがと」


 うん、とコウタローは微笑む。

多分、皆にも見せている顔だ、と袖を通しながらまた横顔を覗いた。


 ちっこい頃はアタシの方が大きかった。

いつからか抜かれてしまった身長、体格、力は仕方のない男女の差だ。


 やや袖を引き上げて手を出す。


「寒くない?」


「うん。楽しいよ」


 ぐはぁ、何だその返しはっ。


 いぎぎ、と奥歯を噛んで耐えているとエレベーターが開いた。

コウタローが先に入って、後からアタシが入った。

こういうのコウタローらしい。

出入口の近くに、自然にアタシを置く。


 緊張しているアタシを考えてくれているのも、先手の先手だ。


「……アタシも楽しいよ」


「ん?」


 修学旅行もだけれど、新しいコウタローが見れて。


「何でもなーい。ね、男子会とかやってないの?」


「ないない。ゲームやってたくらいだよ」


 アタシはコウタローの隣に並んで、夜の散歩をしばし、嬉しむ。

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