第241話 モザイクケーキ(前編)

 卒業式当日。

俺はクラスメイト達と一緒に教室にいる。


「──へー、生徒議会長って女の先輩だったんだな」


「今初めて知った事に驚愕」


「淡々と言ってるじゃないですかー、非常に驚きながら言ってくださいよー」


「静かに。せっかくのケーキタイムよ?」


 女子の手には手のひらよりも少し小さいくらいの三角形のケーキが一切れある。

今日は少し早いおやつだ。


「一応自習みたいな時間だけれどいいのかねぇ……」


 静かに教室で待機、という名目の自習だ。


「わるい事してるみたい?」


 女子は小分けに袋に入っているケーキを見せてきた。

ココアの生地とプレーンの生地が交互に、モザイク模様になっている。


「……わるい事でも、ない」


「んふ、いい事しましょ。はい、クサカ君の分」


「さんきゅ」


 クラスメイト達を見ると各々何かしていた。

俺達と同じように何か食っていたり、飲んでいたり。

これから送る卒業生──先輩方に渡す花や色紙を用意している奴もいる。

そして教室に置かれたテレビを俺達は見ていた。

体育館で行われている卒業式が映っているのだ。


「お、タチバナの花。すげー」


絢爛けんらんね……私もイツキ先輩に何か考えればよかったな」


 呟いた女子はケーキを食む。

俺も続いて齧った。

思ったよりもしっかりしたスポンジケーキはオレンジの皮が仕込まれていて、軽く香って、モザイクを繋いで囲む薄いガナッシュチョコレートがややビターで美味い。


「俺らは先輩らの部活最終日にやったからなー。ってか、卒業式の時にしんみりすんのヤだから来んなって言われた」


「あは、先輩らし」


「んでもこの先、会えないわけじゃねぇし」


「え?」


「ライーン、知ってるだろ?」


 仲良くなったのはつい最近だけれど気が合っているようだし、会おうと思えば会える。


「……うん。こ、断られないかな?」


「逆だろ」


 俺だったら絶対行く、と付け加えると女子は少し遅れて、ふにゃ、と照れた。

そして俺も照れた。

それから、あれから気になっていた事を切り出した。


「……どうすんだろな、あれ」


 ひそひそ話すのも、置き換えて話すのも、そういう事だからだ。

女子も合わせて声を落とした。


「気になるわよね。けれど……私達にはどうにも出来ない。だって二人が決めてしまっているから……だから、待つ」


「待つ?」


 テレビに映った卒業式では当時が読み終わったところ。


「──あの二人の事だもの。このままで終わったりしない。でしょう?」


 天文部でのミズタニ先輩を思い出す。

どこか掴めないような人だった。

独特の雰囲気で近寄り難いようで、それでも関わりたいと思うような人だった。

足踏みをしても後退りをするような人だった。

ぐいぐい、がつがつ、前進してくるような人だった。


 先を見つめる人だ。


 俺は残りのモザイクケーキを頬張った。

飲み物が欲しくなった。


「オオツキ先生もずっと先生でいる気はないみたいだし」


 食べながら女子を見ると、女子はまた違った笑みを見せていた。


「ずるい、むかつくし、優位に立とうとするし」


「優位?」


「何でもわかった風にする」


 わかる気がした。

もちろん俺達より知識はあるし、経験もある。


「私達の時を忘れた風に出来ちゃうんだもの」


 高校生の俺たの今、時代は違っても先生──大人はそれをなぞってきた。

経験してきた。

俺達と同じ想いは残っていないのか、女子はそう言っている。


「けれど、わるくないの。いい事なの……きっと」


 それが俺達──生徒のためになる。

教えてくれる。


「……頭こんがらがる」


「これもベンキョーよ」


「お前は何でも学ぶなぁ」


「まさか。知るのが好きなだけよ」


 一緒じゃん、と俺はテレビに注目する。

卒業式は終わって拍手の中、卒業生が退席していく。

教室内にも自然と拍手が沸いた。


 先輩達が卒業する。

生徒を終え──大人に近づいていく。


 先を、歩いていく。


「……オオカミ先生、どうすんだろ」


 最後のモザイクケーキを食べ切った女子は、ゆっくりと飲み込んでからこう言った。


 それはまた、置き換えた言い方で、割といい言い方だった。


「──狼火のろしはすでにお互いの中に」


 あとは会うだけ、と女子は二個目のモザイクケーキを出したのだった。


 ……俺の分はぁ?

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