第216話 ダックワーズ(後編)
部室棟の一階の写真部の部室をノックしようとしたら扉が開いて、私は半歩後ろに下がった。
一年生らしき男の子と女の子が二人、私に驚いて軽く頭を下げる。
「こんにちは。レ──アマネ君、いますか?」
レン君の苗字を言うと、先輩なら中に、と教えてくれて一年生達は軽く一礼して、ぱたぱた、と走って行ってしまった。
急いでいるようでもう遠くに見える。
また私は写真部の部室の扉に手の甲を見せた。
二回、呼ぶ音を鳴らす。
レン君の声が奥に聞こえた。
「──はいはい? ……おぉ、何?」
若干驚いた後、レン君はいつもの顔に戻った。
あれから、初めて会った。
そんなに日は空いていないのに久しぶりな気がする。
「こんにちは。一緒にお菓子、食べようと思って」
「へ?」
「貰ったお菓子があるの。それに自動販売機で温かいお茶も買ってきたわ」
他に必要なものは何もない。
用意周到──逃がさない。
さっきの一年生達がどこかに行ったおかげで、部室にはレン君だけでタイミングも良い。
「お邪魔します」
私は通せんぼ気味だったレン君の横をする、と抜けて中に入った。
前に来た時と同じようにパイプ椅子を引いて窓際にセットする。
もう一脚、レン君の分もセット完了だ。
「……いや、ちょい待ち。さすがにまずいっていうか──」
「──食べてもいないのに不味いかわからないでしょう?」
もちろん、貰ったお菓子の話ではない。
肩からバッグを下ろした私も腰を下ろした。
そしてお菓子を出してお茶を出して、まだ扉を閉めていないレン君を見る。
戸惑っていて、迷っていて、気まずそうだ。
「……あなたと話がしたいの。私が知らないあなたの話を」
そして、私の話もしてほしい、とレン君に言った。
告白を受けてから数日、色々考えたけれどそれは全て私の想像でしかなかった。
ちゃんと見たいと言ったそれも想像でしかなかった。
「……お前、すげぇな」
レン君は扉を閉めて少し笑いながら部室の奥、窓際に座ってくれた。
お菓子とお茶をもう一つのパイプ椅子に並べる。
「凄くないわ。心臓ばくばくしてるもの」
だって私を好いてくれる男の子だ。
いつもと同じではいられない。
「俺も。まぁ、その……そういう感じ」
「レン君って
何が? とレン君はお茶の缶のプルタブを開けた。
私も開けようとしたけれど、かすん、かすん、と上手く開かなくて、見兼ねたレン君が代わりに開けてくれた。
「ありがとう──秘密の仕方が」
私を好きでもその隙を見せない感じ。
それに男子にも言ったあの言葉。
レン君は秘めるつもりでいた。
私達の事を考えて、だ。
貰ったお菓子、ダックワーズを一口齧る。
独特の食感と、練習中の甘さが強くて、お茶とぴったり合う。
「……私とどうなりたい?」
私は聞いてみた。
好いてくれる、その次を聞いてみた。
レン君は俯いたまま答えてくれた。
「……一秒でも一瞬で、多くお前を見れたら、って。友達以上の距離、で」
レン君は私を見て、二度、三度と
それはカメラのようで、写真のようだった。
私はただ見ていた。
私も何度か
鳴らないシャッター音を鳴らすように。
そして、レン君は私から目を逸らして、窓の方を向いてしまった。
「……なのに、見れない」
好きが下手にさせる、とレン君は頬を薄く赤らめてお菓子を食べた。
「……私は見るわ。レン君の事」
「……そっか」
「ふふっ、レン君って可愛いのね」
「は、はぁ?」
勇者の違う顔を知りたかったの、と私は残りのお菓子を食べた。
※
それから私とレン君はゆっくり、話をした。
私の事、レン君の事、男子の事。
お菓子がなくなって、お茶が飲み切る少し前まで。
レン君の気持ちが、とても嬉しかった。
嬉しくて、泣き虫の私は涙を我慢していた。
どうか気づかれませんように、と最後の一滴を飲んで、また私は鳴らないシャッターを瞑る。
答えは数日後に。
美味しい時間は、あっという間だった気がした。
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