第211話 塩煎餅(前編)
ぼぅり、ぼりぼり、ぼりぼりぼりぼり。
「──うわぁ……レン先輩マジですかっ。全っ然気づかなかったですっ」
ぱきんっ、と心地良い音で塩煎餅を手で半分に折り割ったクラゲちゃんがそう感想する。
モデルの企画の時から、それ以外でもレン君と仲良しのようで、頼れる先輩と可愛い後輩という関係でいるようだ。
「俺も全然……レン先輩、そういう感じに見えなかったっつーか、隠すの上手いっつーか」
メイク道具を選ぶクジラ君もそう感想する。
私も似たように思った。
全く気付かなかったし、全くそう見えなかった。
モデルの企画の時、遊んだ時、この前写真部の部室にお邪魔した時もそうだったのかと思うと──。
「──シウがそんな顔する事ない。顔上げな」
珍しくすっぴんのノノカが私のおでこを軽く小突きながら上を向かせた。
「これから、を考えるんでしょ?」
私はそう言って時間を貰った。
けれど今日、私は言えなかった。
昨日も会えなかった。
あの告白された日からもう三日が経っている。
「……ノノカがすっぴんだと誰だかわからないわ」
「美しかろ?」
確かにほぼ毎日メイクしているというのに肌は白くてとても綺麗だ。
ただ眉毛と
「とにかく、メイク部の部室ゲットおめでとう」
今、私達は実習棟の一階にある化学準備室にお邪魔している。
ここが正式にメイク部の部室にあてがわれたのだ。
そのお祝いにと塩煎餅を持ってきた放課後で、ノノカがすっぴんな理由はクジラ君のお願いである。
なんでも前からずっとノノカにメイクをしてみたかったらしい。
ノノカのメイク道具を見て、組み立てをしているようでさっきから呪文のようなぶつぶつと呟きが止まらない。
「ありがとーございます! クジラも! お礼!」
「……あっ、はい。ありがとうございます。すみません、いつもよくしてもらって」
「創部したては色々大変だもんね、アタシらもそうだったしさ。部は違っても協力は惜しまないよ」
ノノカのこういうところは凄いの一言だ。
無意識かもしれないけれど、こうやって新しい繋がりをどんどん作り上げている。
意図的だったらかなり頭がいい。
人見知りとか言ってるのは多分ただの照れ隠しだろう。
……あ、首席だった。
頭よかったわ。
「……クジラ君」
「………………あっ、はい? 何ですか?」
ここには四人、男の子は一人。
「お楽しみ中ごめんなさいね。少し質問──私って色、使っているように見えるかしら」
「色?」
クジラ君は私達女の子三人を見て、おろおろ、している。
私は男の子の意見が欲しかった。
そこに多少の助言をノノカが付け加えてくれて、そして考えたクジラ君は答えてくれた。
「……た、多少なりに? 感じる事がないっつったら、あるような。で、でもクラキ先輩を好きとかでは全力でないんですけれどね!?」
全力って。
「クジラ失礼!!」
「だ、だって勘違いされても困るじゃんか! こういうのは言っとかないと、あとでごちゃごちゃは嫌だろ!?」
勘違い?
つまり私は、勘違わせてしまった、という意味?
「──ほーら、また自分が悪いみたいな顔してる。勘違いする奴なんかほっときなよ。そんなん、スカート短くしてんのは触ってくださいって意味でしょ? って言ってる阿呆と一緒じゃん。アタシはスカート短くしてるけれど別に触ってなんか言ってないし、見ないでとも言ってない。アタシがこの丈が好きでやってんの、っていう。わかる?」
するとノノカはクジラ君の腕を引いて、対面同士に座った。
「メイクだってそうだよ。誘惑したいからじゃない。アタシはメイクした自分が好きだからやんの。時に武器や武装にもなるけれど、それはアタシのだ。誰かの武器や武装じゃない」
かっこいい、と素直に思った。
こういうところ、好きだ。
……レン君は、私のどこを好きになったんだろう。
「…………つまりパンツを見せる相手はこっちが決めるって事ですかね!?」
……ぼり、ぼりぼり、ぼり。
クラゲちゃんが、どうだ! と言わんばかりに微笑んでいた。
「……物騒なもんはしまっとけ。ノムラ先輩、前髪止めますね」
はいよ、とクジラ君はノノカにメイクを始めた。
クラゲちゃんは、ちょっと違ったっぽい? と口を尖らせて塩煎餅をリスのように小刻みに齧る。
──色、撒いたんじゃね?
ふいに男子の言葉を思い出した。
何度も思い出していて、思い出す度に私の頬は膨らんだ。
どうして私のせいなの?
どうしてあの時──何も言ってくれなかったの?
私は男子のせいにしようとして、気づいた瞬間、軽く自分の頬を叩いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます