第209話 あんこ玉(前編)

 実況はコセガワでお送りします。


 テストが終わった正午過ぎ、昼飯を終えた僕達は教室の廊下側の後ろの席に集まっていました。

メンバーは僕──コセガワ、幼馴染で今日も綺麗なノノちゃん、クサカとクラキさんの四人です。

一度、旧校舎の生物部に荷物を置いてきたのだけれど、職員棟に用があっって戻ってきて、ノノちゃんが教室に忘れ物したというのでここに来たところなんです。

そして、顧問のオオカミ先生から頂いたあんこ玉の匂いをクラキさんに嗅ぎつけられてしまったので、皆に食べる事となったわけなのです。


 あんこ玉は味色々で、見た目可愛らしい一口サイズの丸い玉です。

備え付けの竹の爪楊枝をそれぞれ持って、どれにしようか、と先を迷います。

僕は王道の黒い小豆、ノノちゃんは変わり種好きなのもあって黄色のみかん、クサカは白いいんげん豆を選んで、クラキさんはピンク色の苺のあんこ玉に決めました。


 そしてひと玉、皆がそのあんこ玉を爪楊枝で刺した時、閉めていた廊下側の窓が、がらっ、と開けられました。

そのストップ状態が、今です。


 廊下側の窓を開けたのはレン君でした。

もう僕達しか残っていない教室です。

他のクラスのレン君が何の用かと僕達は注目します。


「よ、お前ら。お揃いで」


「レンこそどしたよ。びびるからノックせんかい」


 クサカとレン君は中学からの付き合いがあるので仲が良いです。

僕も最近は話したり遊んだりするようになりましたけれど、まだ気を許すほどの仲ではない、という距離感をお互いわかっているようで、その線がまだあります。


「こんにちはレン君。誰かに用なの?」


「クラキに」


 どうやらクラキさんに用があったようです。

するとレン君は手に持っていた封筒を渡しました。


「この前選んでもらった写真持ってきたんだ。遅くなって悪かったな」


「ううん、わざわざありがとう。楽しみにしてたの、嬉しいな」


 クラキさんが柔らかく微笑んでいます。

モデルの企画の写真は、僕達生物部も何回か貰いましたけれど、また違う何枚かでしょう。


 ……ほんと、よく笑うようになっちゃって。


 一年の時、僕はクラキさんと同じクラスでした。

その時はこんな柔らかい彼女はいませんでした。

今の方がずっと良い感じです。


 でーも、その顔はあんまり撒き散らさない方がよかったりしてー?


 なんて、男の僕は思います。

余計なお世話と、勝手な思いですので聞き流してください。


 早速、クラキさんとノノちゃんは写真を見てはしゃいでいます。


 女の子がはしゃいでいるのを見るのは好きです。

それこそ好きな女の子と──違う意味で好きな女の子が一緒になっていると、さらに好きです。


「──コータロー、なーに見てんのー?」


 ノノちゃんに、何でもないよ、と微笑み返します。

その時、クサカに足を軽く小突かれました。

どうやら変な目で見てしまっていたようです、気を付けます危ない危ない。


「ん? レン、まだ何か用か?」


 窓の縁に肘をついたレン君はあんこ玉を見ていました。


「……ひと玉食べる?」


「らっき。さんきゅ、コセガワ。和菓子好きでよ」


「ははっ、誰かが言うの待ってたな?」


 実は、とレン君は緑色の抹茶のあんこ玉を選びました。


「いやー悪いねー、美味いもん減らしちゃってー」


 するとクサカがこう言います。


「好きなもんは皆で食ったが美味ぇじゃん」


 独り占めも時には楽しいですけれど、皆でわいわい食べるのもまた乙なものです。


「……好きなもんを皆で、ねぇ」


 気になった僕は眼鏡を上げてレン君を見ました。

笑みがどこかに行ってしまって、またあんこ玉に落とした目はどことなく落ち込んでいる──いいえ、迷っているようで、僕はクサカの足を軽く小突き返しました。

クサカもレン君の変化に気づいたようで、すぐにストレートで聞き返したので少々、どきり、としました。


 クサカはこういう時、するっ、と聞きます。

躊躇っりしないところを僕は気に入っています。


 なーんて、それは友人間だけで、好きな人や恋人間で発揮出来てませんけれどね。

変な奴です。


 そのアンバランスさがまた、クサカの面白いところでもあります。


 そしてレン君はクサカを数秒見たかと思ったら、今度はクラキさんを数秒見て、今度は僕とノノちゃんを見てきました。

何だろう、と僕を含めた四人は一番先にあんこ玉を食べたレン君を見ます。

せーの、で食べたいねと話していたので、まだその掛け声がなかったのです。


 そして数秒後、僕は──僕達は、今日の放課後がこんな事になるなんて全く予想していなくて、ただただ驚くのでした。

レン君が、こう言ったからです。


「──ごめんクサカ。謝る事かわかんねぇけれど、言っとく。言っとかなきゃっつーか……うん」


「は? 何だよ──」


「──コセガワとノムラも悪い。巻き込む、証人になってな」


 証人とは、と僕はノノちゃんと目を合わせました。

その、見ていなかった時です。


「ごめんな、クラキ。俺、お前の事好きなんだ。クサカと付き合ってんの知ってっけど、そういうの抜きで考えてほしい。俺の事」


 僕はただ、聞いてしまいました。

ノノちゃんも口を開けて止まっていました。

クサカに至っては混乱してか、クラキさんとレン君を交互に見ていました。


 クラキさんは、食べようとしていたあんこ玉を机の上に、ぼたっ、と落としてしまったのでした。

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