第156話 キャンディーリング(後編)
生物部動物科二年のコセガワです。
「──全く、真っ直ぐ帰れって言ったのに」
「まぁまぁノノちゃん。しっかりした後輩じゃないの」
「そうだけれどさー、ちっとも頼ってくんないじゃん? 遠慮すんなって思うわー」
「ノノちゃんも色々やってるからねぇ」
僕とノノちゃんは商店街を歩いています。
先ほど、生物部がお世話になっている花屋に挨拶に行ったばかりなのだけれど、タチバナちゃんとチョウノちゃんが寄ったすぐ後だったようです。
「っていうか、いっぱい頑張ったから休みも必要でしょ?」
「真っ直ぐ帰るだけが休みじゃないじゃない。二人でデートとか」
「あ」
「ね?」
するとノノちゃんは指をぱきぱき、と鳴らせました。
「……チョウノちゃんに変な事したらタチバナちゃんの身長凹ませてやる」
「いらない心配しちゃって。あの二人は大丈夫だよ、お似合いだし」
生物部の後輩二人は好き同士で、凸凹に見えるけれどちゃんと隣合って歩いていける二人で──僕にとってものすごーく羨ましい二人でもあります。
「ま、ほんとは心配してない」
だよね、と改めて僕も同調します。
ノノちゃんが二人を気に入っているのはわかっているからです。
そしてノノちゃんは花屋でいただいた飴を指につけて舐め始めました。
「ほい、コウタローも」
そう言って僕が運んでいた動物の餌──生物部では鶏などの動物を飼っています。
それらを購入した袋を持とうとしました。
「重いよ?」
「知ってる。素早くねー」
はいはい、と僕もポケットから飴を出して指にはめました。
懐かしい指輪の飴は小さい頃以来でしょうか。
「あれ、入らないなぁ」
プラスチックの輪っかは無理矢理にも入らなさそう、入ってもきつそうなので小指なら──うん、入りました。
「はい、荷物──半分?」
「うん。ちょうどいいじゃん」
ノノちゃんは左手の人差し指に指輪飴をつけていて、僕は右手の小指に指輪飴をつけています。
お互いの真ん中に買い物した袋を下げています。
半分の重さになりました。
「何味?」
「ぶどう味の紫ー。コウタローは?」
「ソーダ味の水色ー」
「って、こんなに甘かったっけ? 強烈にくる感じ」
うん、と僕は答えます。
小さい頃と何も変わっていない味で、ノノちゃんも変わっていませんでした。
小さい頃も、べたべた甘いからもういらない、と途中で舐めるのをやめていたのを思い出します。
「──キレーだったね」
「どっちが?」
モデルの企画の話です。
そしてこれは選んではいけないやつです。
「どっちも。っていうか、全部」
植物科の部室も、それぞれの担当も、モデルも、全部です。
あの空間は、綺麗、だと僕は思いました。
綺麗なものに
僕は何の担当でもなく見学人の一人でしたけれど、そういう雰囲気や匂い、人は間違いなくそうだと思いました。
「アタシも同じ事思ってた。悔しいくらいに」
「……うん。悔しいね」
僕とノノちゃんが所属する生物部動物科は全部が、綺麗、とはいきません。
むしろ、きれいごと、の方が多いです。
出来ない事の方が多すぎてたまに、
僕達の活動では、虐待された動物達と触れる事があるのです。
それでなくても命あるものには、死も身近にあります。
お互い甘すぎる飴を舐めながら、もくもく、と歩きます。
「……僕達も部室に戻ったら休もっか」
「何、いきなり」
「ノノちゃんが頑張ってるから」
「別にフツーだけど?」
「うん。フツーだから休むの」
「……甘やかし?」
おっと、少しやらかしたかもしれません。
ノノちゃんは甘やかされるのがとても苦手で、言い方を考えなければなりません。
ちょっとめんどくさいですが、僕には経験値があります。
「──僕が休みたいんだけれど、ノノちゃんが休まないと休めないなー?」
「その言い方ずっるい!」
もちろん狙って言いましたから。
にっこり、と微笑んだ僕は悔しそうなノノちゃんを見ます。
小さい頃は同じだった目線はもうすっかり僕の方が上で、もうずっと、やや下にノノちゃんを見ています。
けれど──まだまだ上に、ノノちゃんはいます。
手が届かないところから、ずっと上に、ずっと前に進んでいます。
「コウタローってアタシを甘やかすの上手いよね」
「そう? 甘える方が得意だけれど──」
「──そうだね。だからアタシは言わないんだよ」
突然、ノノちゃんは真剣な目で僕を見ました。
「……え?」
それでもノノちゃんは止まりません。
「──いつ、言えばいいんだか」
流し目気味に半歩先を歩き出すノノちゃんに、僕は慌ててついていきます。
参りました。
やっぱりノノちゃんはかっこいい女の子です。
かっこいい幼馴染です。
もうすでに僕の気持ちなんかお見通しで、知らないふりをして、いつも通りを合わせてくれていました。
僕のかっこつけの理想みたいなものに、付き合ってくれていました。
そして今のは、まだ、叶うかもしれない望みを残してくれている言い方でした。
「敵わないなぁ……」
そうやって僕を甘やかすのが、上手です。
「げっ! 指べたべたしてきた! 早く帰るよ! 留守番させたまんまだしさ!」
はいはい、と僕は小さい頃と同じように甘い指輪を舐めます。
そしてまた、世界一綺麗な女の子に、恋をするのです。
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