第128話 甘栗(後編)

 甘栗に、ミルク多めの暖かいカフェラテ。

ぽくん、と噛んで砕けたところに流し込んで、ごくん。

また同じように栗を噛んで砕いて、リピート。


 さて、作戦を練りましょうか。


 私はクラスメイトの女の子に、たまにはこういうのも読んでみるのどう? と渡された雑誌を読み出した。


「めっずらし」


 私と男子は向い合わせではなく、いつものように窓を背にして座り直していた。

机のやや下に雑誌があるというのによく見えるわね、とまたページを捲る。


 これじゃない、これじゃない……これか。


 男子も気になるのか、やや上から覗き込んできた。

なので私は男子の方に表紙を見せて、中が見えないようにする。


「覗いちゃ駄目」


「なーんでだよ」


「ちょっと私だけの作戦会議中だからよ」


「ふん? ……ああ」


 察してくれたようで、口を尖らせた男子は漫画を読み出した。


 ……漫画もいいのかしら。

んー……あり?


「──なーに覗いてんだよっ」


 と、男子は仕返しかホラー的なページを私に、ばっ、と見せてきた。

びっくりはしない、と甘栗を一つ食べる。


「こういうのは驚かないわ」


「うん、知ってる」


「そう」


 私はまた雑誌に目を落として、ぺら、ぺら、と速読する。


 ………………うーーーーん。


 ゆっくりと、ぽくん、ぽくん、と栗を噛んだ。

それと一緒に私はおそらく、困り顔に、なっていったと思う。

だって、困った。


 こんなの無理だわ!!


 私は、ばさっ! と雑誌を顔に覆った。


「びびったぁ、どした?」


「……どうか、しそう」


 自分の妄想力を呪った。

結構鮮明に絵になってしまって、妄想なのにギブアップ。


「なーんだ、よっ」


「あっ」


 雑誌を取られてしまった。

そして見られてしまった。

いわゆる女性向けの雑誌で、ファッションはもちろん、カップルでの憧れシチュエーションなども載っていて、ちょうど、そんなページを読んでいた。


「……ほう」


 何その反応、何その反応!


 男子の口が薄っすら、にまにま、している。

私も薄っすら、かちん、ときたので二ついっぺんに口を食べた。

口の中の水分を結構持ってかれてしまって、かさかさ、する。

ぬるいカフェラテを飲む。


「……壁ドン、っすか」


 ごっきゅん。

危険、むせるところだったわ。


「それは、あんまり」


「定番じゃねぇの?」


「うちの母さんの話なんだけれど──」


 ふんふん、と男子が雑誌から目を離さずに聞いている。


「──母さんいわく、壁ドンは暴力、らしい」


「お前の母ちゃんに何があったんだよ……」


「父さんにやってみて、ってお願いしたら百二十パーセントくらいの力で、どーんっ、ってされたらしくて、壁壊れたかと思ったんですって。あれは萌えではなく、殺傷能力を含む攻撃、という認識に変わったそうよ」


 男子が盛大に笑っている。

男子は父さんを見ているし、あの体格も知っている。

あの時はタイミング悪く──良く? 両者に紹介するはめになっちゃったのだけれど──。


「──いきなり父さんと対面して、どうだった?」


「あー……超絶びっくりした。しどろもどろでお開きになったけれど、うん」


「父さんは家でもしどろもどろのままだったわ。そわそわそわそわ、鬱陶しいくらいに」


 男子が黙った。

もしかして男子も? と思って、ちょっと笑ってしまった。


「あは、やっぱり似てるわ」


「何が?」


 男子と父さん。

中身がちょっとだけ、たまに似てる。


 だからこんなに……心地良い、とか?


 すると男子が雑誌を手にしたまま立ち上がった。


「──ん。お前も立って」


「どうして?」


「いいからいいから。実験実験」


 よくないよくない、何それ何それ。

そう思いつつも立ってあげる。

そして男子は私の席の横──私の横に立って、引いた椅子をさらに、ぎがが、と移動させて──。


「──気を付けぇい!」


 ちょっと大きな声にびっくりした。

しかし、命令? と思った私は腕を組んで、やや斜めに男子を見上げた。


「……ま、それでいいや」


 男子は私の後ろを確認している。

私の後ろは廊下に面する、窓。


「──壁ドンじゃなくて、


 雑誌を右手に、男子の左手が私の顔の横に伸びて、過ぎて、窓に触ったみたい。


「……ぷふっ、窓ドンって」


 堪えきれなくて私は笑っている。

けれど男子はまだ実験の検証中のよう。


「おお、ゆっくりだと壁トンっていうのか。あ、窓だ」


「音、鳴らなかったけれど?」


「うっせーなー。じゃあ、でもいいや」


「あははっ、もう、おっかしい……」


 ……あれ?


 男子が雑誌から顔を上げた時、気づいた。

壁とか音とか、窓とか、そうじゃないのね、って気づいた。


 触られていないのに──私、捕まってるわ。


「……おんやぁ? 俺の勝ち?」


 男子が、頬っぺた赤過ぎ、と茶化す。

組んだ腕を解いた私は両手で顔を隠した。


「……くそぅ」


 そう呟いた私をさらに笑った男子は、私の手を優しく、剥いたのだった。

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