第70話 ミロワール(後編)
──ざくざく、ざくん。
美味し。
周りの刻んだアーモンドが良い食感。
けれどどんなに手がかかっても、食べるのは一瞬よね……。
そう、すぐに体得しやがったわ、この男子。
「……むかつくー」
「はいはい、ありがとございますー」
むかつくー、ともう一度言ってやって、頬杖をついてミロワールをざくざく食べる。
音、楽し。
あ、くずれてこぼしちゃった。
まぁいっか。
ぺとぺと、と人差し指で小さな欠片をくっつかせて、ウェットティッシュに回収する。
男子は、ひょいひょい、とピンセットでガラスストーンをつまんではつけていく。
「どうよ?」
今もぐもぐ中、喋れません。
「俺、お前より上手いんじゃね?」
否定したいけれど否定出来なくて、それでも否定は難しい。
だってその通り。
ごくん。
「ちっ」
「ありがとござまーす」
舌打ちにお礼されてしまった。
「……悔しいけれど、器用ね。もしかしてデコレーションマスターなの?」
「何だその異名。初めてだっつの」
男子は、ちっこい頃はプラモデル作ったりとか図工は得意だったけど、と言いながら、てきぱき、こなしていく。
コーヒー牛乳をちゅるる、と飲んだ私は頬杖をついて正面で作業する男子の手元を見ていた。
私より大きな手、太い指、ちょっと深爪。
「──虫みてぇなの」
「え?」
「ガラスん中に一個だけ違うの混ざってんだろ?」
ああ、と私はガラスストーンに紛れているそれをつまむ。
少し銀色が剥げたような、小さなパーツ一粒。
「花はわかった。薔薇っぽい?」
それもつまんで手のひらに二つ乗せた。
花のパーツも銀色が少し剥げていて、言い換えれば、アンティークっぽい感じ。
薬指の爪くらいの大きさの薔薇と、その半分くらいの大きさの虫──てんとう虫の、パーツ。
「ええ。薔薇と、てんとう虫」
「ふっ、虫嫌いなくせに」
「無機物ならセーフよ。クサカ君は虫、平気だったわね」
すると男子は、びくっ、と体を少しだけ跳ねて、時を止めた。
あの時、取ってくれたわよね。
それから小さく、うん、と言った男子は軽く笑った。
何だったのか、とてんとう虫のパーツをころころ、と指の間でくすぐる。
パーツ達をくれたクラスメイトの女の子はこう言っていた。
てんとう虫は幸せを運んでくれるんですって。
ついでに女子力もアップしてくれるかなー、なんて期待しちゃう。
「あー、目がぎらぎらしてる──って、顔、近、い」
ん──あっ。
ぱっ、と私は頬杖をやめて背筋を伸ばした。
油断した。
一気に緊張して、顔、熱、い。
「──ちょっと、お手洗い、行ってくる」
「……いってら」
少し早歩きで教室から出ていく。
また、逃げちゃったわ……もー……っ。
※
俺はミロワールを一つ取って、目の前に掲げた。
あー……逃げてくれて助かった。
何だろうなー……気まずいっていうか、空気ぴりぃっ! って感じのやつ。
静電気、みたいなやつ。
「……俺はどうしたらいいんですかねぇ?」
お伽噺みたいに答えてくれるはずもなく、クッキーの鏡から、ぽろっ、とアーモンドの欠片が落ちて、はぁ、とため息をついた俺は、ぽいっ、と食べた。
あ、やべ。
指に接着剤ついたかも。
※
まだ顔が赤いような、とトイレの鏡で顔を見た私は、はぁ、とため息をつく。
こんなんじゃ幸せを運んできても出ていくばっかりだわ……。
むに、と頬を軽くつまんで廊下に出る、と──。
「──あら? カトー君?」
書道部の一年生の後輩、カトー君と鉢合わせた。
「ちっす、クラキ先輩」
「こんにちは。二年の階に何かご用?」
「先輩に用があって来たんです。ちょうど良かった、っつーかいたんすね。たまには一年の指導とかしてくださいよ」
気が向けばねー、と白々しく答えたすぐに、カトー君の眉間に皺が入った。
すぐ顔に出る面白い後輩だ。
「それで用って?」
「あー、顧問の先生が来たんすけど──って、先輩、顔赤くないっすか?」
え、あら、まだ?
軽く、ぐー、にした指の背で頬を確認する。
少し熱いかも? ぽわん、とするというか──。
「──ちょっと失礼します」
え、と思った時にはもうカトー君に手首を掴まれて、前髪をすっ、と手で上げられた。
冷たい手、とか思ったら──ごちん。
おでこと、おでこが、くっついた。
あと、カトー君の少し上目な目が見えた。
……この距離、何だろう。
と思った時、後ろから声がした。
「……何、それ」
私はカトー君から離れて、ゆっくり、振り向いた。
男子が、見ていた。
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