第55話 九龍球(前編)
文化祭、一日目──午前。
「──ナレーション、お疲れさん」
「あなたも音響、お疲れ様」
クラスの企画である劇が終わった今、俺と女子は片付けを済ませて他のクラスの企画──出店が並ぶ中庭にいる。
「ちょーっと棒読みなとこあったけどな」
「味よ、味」
「良い言い方にすればいいとでも──」
「良い言い方しか出来ないからそう言っているのだけれど?」
「はいはい」
もう女子のあしらいには慣れたものだ。
「クサカ君は思いっきりトチったわね」
劇中のトチりは確かにあったけれど言わせてもらう。
「それはお前がアドリブぶっこんだからだー!」
「アドリブしたのは私だけじゃないじゃない。むしろアドリブするなら私も、っていうのが空気を読むっていうものじゃない?」
「いやいやいや、結構皆驚いてたぞ? 特に小人パープル」
「だって白雪姫ばっかりずるかったんだもん」
これには理由があるっちゃある。
その前に。
「だもん、って可愛く言っても──」
「──あら、今の可愛かった?」
しまった、これも良い風に……良い風、だけれど。
「……わざわざ聞き返さなかったら、な」
「歯切れ悪いわ」
「うっせ」
わかって言っているのか、頭を掻いて少し俯く。
それでもテンションが上がっているのか女子は今日はお喋りだ。
「けれど良いアドリブだったでしょう?」
「まぁ、結果的には?」
「結果オーライ、アンド、ラッキーってやつよ」
「ラッキーっつーか、強奪?」
「強奪じゃなくて、誘導よ」
ナレーションは進行役でもある。
「天の声の、誘導」
「天国でも地獄でも、お菓子の前では神でも魔王でも私が怯むことはない」
「ははっ! 何だよそれ……いや、納得」
女子のお菓子愛は知っての通り、俺が知る限り最強だ。
「んふっ、今日は小人パープルからだったから簡単だったわね」
話の続き。
劇中での女子のアドリブに役者の皆は俺なんかよりずっと驚いていた。
「小人パープルは無茶ぶりナレーションに合わせただけだ、ってか、よく合わせたよマジで。えーと、何だっけ──小人達は白雪姫のために隣の隣街に新しく出来た洋菓子店の新作ケーキをワンホール買ってきました──」
「──何それ私も食べたい。小人パープル、白雪姫の分をカットしたら残りを舞台袖まで持ってきなさい──。思い出しても良いアドリブで感心しちゃう」
こういう事だった。
食べたい欲に感心しちゃう。
「本当なら小人達と仲良く食ってるシーンだったけどな」
「けれど小人グリーンに、助かった、ってお礼を言われたわ」
「え?」
「小人グリーンは甘い物が苦手なの」
「マジ? 何で知ってんの?」
「前に自動販売機前で間違ってメープルバナナジュースを買ったところに出くわしてね、烏龍茶と交換こした事があるの」
なるほど、そんな事が。
けれど結局助かったのって小人グリーンだけじゃないのか。
いや、観客の反応は結構良かったような?
「で、隣にいたクサカ君がナレーションマイクのスイッチがオンだというのに、べらべら小言な文句とお説教」
「言いたくもなるだろうがよぅ」
「ケーキ食べたくせに」
「うっ」
だってそれは、美味そうでございまして。
「しかもマイクを通して食レポまで披露したのに──結構さっぱり系の生クリーム、生地はしっかりしてっけどイチゴのソースと一緒に食べたらじゅわってして美味いです──だったかしら」
「ぐぬっ」
「慌てたあなたはBGMのボリュームを大きくしちゃったりして」
「……恥ずいからもうやめてくれぇ」
両手で顔を隠す。
「あはっ、楽しかったって言ってるのよ?」
「たの──まぁ、楽しかった、ような」
こういうのも含めて、文化祭の良いところだ。
ふざけて、笑えたら全部オーライ。
「きっと、ずっと忘れないわ」
「そうだな──」
「──ケーキの味」
「そっちかよっ」
「んふっ、冗談よ。とにかくお疲れ様」
「はいはい、お疲れ──と、やっと順番来た」
中庭にはたくさんの人で混んでいる。
目当ては出店だけれど、その出店っていうのが代々有名というか繁盛している部で。
「やっぱり人気だわ。スイーツ部」
「んだな。去年は午前中で品切れだっけ?」
「それがあってか今日も午前中から大行列」
「何だっけ……シェンロン──」
「
それ。
「初めて聞いた」
「じゃあ初めて食べるのね」
「ん。クラキは?」
「私も食べるのは初めてよ。見て、あの大きなガラスの器の中。凄く綺麗ね」
屋台の机には、フルーツパンチボウルか、ガラスの器がいくつかあった。
「あー……丸い、ゼリー?」
器の中には、色とりどり、カラフルな丸いのが見えたけれどまだ遠いのでわからない。
「ええ、ゼリーの中に色んな果物がそれぞれ入っているのね。シロップで食べて飲んで、って感じかしら」
「食べる前から食レポ完璧だな」
「見た目──見栄えは大事だものねー。お祭りにぴったり」
おっと。
「……まだ根に持っていらっしゃるですかね?」
「奢ってくれるの? やだありがとー、涙が出そうで出ないけれど嬉しいわー」
俺はプラスチックカップに入れられたスイーツ部の九龍球を二つ、買う事になったのだった。
そして女子はやっぱり棒読みだった。
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