第53話 ゼリービーンズ(前編)

 たまには、静かにしとこっか。


「──何という事でしょう。白雪姫はお妃のわがままで殺されてしまう事になってしまいました。自分でやったらいいのにー」


 おー……つっこみ系ナレーションはともかく、上手くなってら。


 文化祭数日前。

俺達のクラスは体育館で劇の練習をしている。

舞台上での練習は最初で最後とかで、クラスメイト全員が集まっているわけだけれど──。


「──美味し」


 隣に座る女子はゼリービーンズを食べていた。

七色のカラフルな豆っぽい砂糖菓子のピンク色、さくらんぼ味だとか。


「繋ぎ終わった?」


「ん。とっくに終わってる」


 舞台袖にいる俺らの前には長机、その上には音響の機材とノートパソコンがある。

そしてその横にはナレーション用のスタンドマイクもある。


「よくわかるわね。私はさっぱりだわ」


 女子は、えい、と音響のボタンを押した。

勝手に触るんじゃない、と睨んでやると何故かドヤ顔をされた。


「しっかし衣装すげーなー」


「ええ、特に女の子役の衣装ね」


 白雪姫の黄色いスカートは、ぶわん、としていて、回ると、ひらん、とする。


「ドレスーって感じ」


「んふっ、そうね」


 あと狩人役の衣装も凄い。

弓矢やつけてる小物がゲームから抜け出たみたいなクオリティだ。

そしてまた目を惹くのがいる。


「……一番目立ってんのがってどうなの?」


 妃役のコセガワだ。

衣装も役のまんまドレスなのだけれど、一言で言うと──。


「──きらきらしてるわね」


「──ぎらぎらしてんなぁ」


 ちょっとした違いに女子と横目同士がぶつかった。

妃のドレスは濃い紫色で、裾のところがラメ? みたいなのでぎらめいていて、マントっぽいのもぎらぎら、暑そう。


「女の子役だもの。いいじゃない、華やかで」


 どっちかというと禍々しいんだけどぉ?


 パイプ椅子の背もたれに、ぎしっ、と寄り掛かった俺に女子はゼリービーンズの袋を見せてきた。


「いかが?」


「……いただきまー」


 俺は、がさっ、と、がばっ、とひと掴みする。

十個くらいのそれを全部一気に口の中に詰め込んだ。

ちょっと多かったか。


「美味し?」


 待て待て、今喋れん。


「美味しそ」


 うん、うんまい。


「あ、練習再開みたい」


 まだ口ん中入ってんだけど! と焦ってノムラの合図で曲を流す。


「──いい選曲」


 ごくん、と飲み込んだ時だった。


「そ?」


「ええ、いい趣味してるわ」


「そりゃどーも──」


「──静かに。次ナレーション」


 はいはい、と俺は黙った。

今の劇の場面は、白雪姫が森に逃げてきたところ、そして眠りにつくところ。


「……ふぅ、どう? 私の素敵で正確で完璧なナレーション」


 そう言えってかぁ?


「……ちょっとこの台詞言ってみろや」


「まぁ、命令? 言い方が──」


「──言ってみてはいただけませんでしょうかっ!」


 言ってみていただきたいところは、白雪姫が小人の家の変なところに気がつく場面。


「──それにしてもおかしいわ、この家。スプーンもお皿も大きなものばかり。スープ皿がラーメンどんぶり、コップなんてピッチャーだわー」


「驚いてねぇんですけどーっ!」


「驚いたから上手く言えなかっただけよ──ん? 違うわ、言えてるけれど手を抜いただけよ」


 遅い言い訳、っていうか、ん?


「何にって?」


 すると女子は人差し指で耳を差した。


「曲」


 俺が選んだ曲、劇のBGMは体育館全体に聞こえている。

今は台詞の後ろなので小さく、薄く、流している。


「せっかくだもの。静かに聴きたいじゃない?」


 ──と、女子はゼリービーンズを一つ食べた。

俺も何となく、またひと掴み、ゼリービーンズを頬張るのだった。

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