第45話 マンディアン(前編)

 いつもと、逆。


 放課後の教室は相変わらず私と男子の二人だけが残っていて、開け放たれた窓から気持ちいい風が入ってくる。

他のクラスメイト達は部活中か、帰宅したか。


 私も部活の事考えなきゃ……どうしようかなぁ……。


 机に片肘をついて膝の上にある小説を眺めつつ、ふぅ、とため息をつく。


 テスト終わったばっかりなのに、この時期は次々色々あるわねぇ……──。


「──たっだいまー」


 と、男子が開けたままの教室の扉から帰ってきた。


「おかえりなさい。終わったの?」


「うん。まぁ何個か案出しして、今日は解散」


 男子は所属している部活動の集まりに言っていた。

私と同じ理由で、これから色々あるためだ。


 そして今日もその色々の一つがあったばかり。


「ほい、冷たい緑茶」


 今日の飲み物はリクエスト通りのパックの緑茶。

これに合う今日のお菓子は、と私はすでに机の上に置いていたを男子に見せた。


「保健室に取りに行ったばかりだから溶けてないと思うわ」


「……お前と保健室の先生って自由だよなぁ」


「あら、仲良しって言ってほしいわ。ちゃんとお裾分けしあってるし、持ちつ持たれつな関係よ」


 あなたと一緒、と言うと男子は、はいはい、と笑った。


 まぁ、保健室の先生とはちょっとした知り合いなのは知り合いだ。

母の姉──つまり私の伯母おばなのだ。

たまーに、こうやって甘えさせてもらっているけれど、特別扱いはほとんどない。


「えーと……チョコレートの色々乗せ?」


「んふっ、マンディアン、っていうのよ」


 ナッツやドライフルーツが乗っていて、丸くてやや薄めのチョコレートだ。

ウェットティッシュで手を拭く。


「いただきまー」


「いただきます」


 うん、ビターなチョコにオレンジピールがほろ苦甘くて、ナッツが、かりっ、とアクセントになってる。

美味し。


「うんま」


 男子が食べたのはミルクなチョコにカシューナッツとアーモンドとクルミと無花果イチジクのやつ──次に狙っていたやつ。


「テスト、どうだった?」


 おもむろに聞いてみた。


「おー、おかげ様で今回はちょっと手応え有り」


「それは何より」


 教えた甲斐はあったようだ。


「いっつも教えてもらってばっかだからさー……その、お礼とか──」


「──いただくわ」


 食い気味に答えてみせた。


「ははっ! こういう時だけ素早いな」


「どうせ足遅いわよ」


「んだなー」


「そんな事ない、くらい言いなさいよね」


「どうやって?」


 あ、これって何か、デジャブ。

今回はあの時と少し違う、と思う。


 ……やだ、思い出しちゃったじゃない。


 緑茶を飲みつつ軽く俯く。


「──何か新鮮」


「え?」


 すると男子は机を叩いた。

ノックをするように、こんこん、と


 今日、席替えがあったのだ。

窓際の一番後ろから二番目の席は良い席だったのに残念。

そして今は──少し空が遠くなった場所。


「いつも俺の机にお菓子広げてたからさ」


「……ふふっ、そうね」


 今は

新しい席は割りとまぁ、良い場所。


 二枚目のマンディアンはホワイトチョコにドライストロベリーとピスタチオが乗っている。

美味し。


「あ、それ次に俺が──」


「──早い者勝ち」


「ちぇー」


 そう言って緑茶を飲む男子の席は、

窓側から廊下側に、前後に入れ替わった席が、私達の新しい席になった。

けれど横座りをすれば、放課後になれば、机を挟んだ右側に男子がいる。


 少し空が遠くなったそんな席は、いつもと変わらない、良い場所?

そして──。


「──私も、新鮮」


「ん? 何で?」


「だって授業中、クサカ君の背中が見えるんだもの」


 やっぱり良い場所かも、っていうのは内緒の、内緒。

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