第34話 りんご飴(後編)

 ──理由って、これしかないだろ。


 ミツコが真っ直ぐに俺を見ていて、すっかり溶けているであろうかき氷のカップを両手で持っている。

ピンク色に尖った爪は、俺が知っているミツコの爪ではない。


「──かき氷」


 と、俺は言った。


「へ?」


「かき氷、食いたかったからじゃねぇの?」


「……はぁ!? 違っ、何で──」


「──中学ん時好きだっつってたじゃん。クリーム系のアイスより氷が好きだって」


 ミツコの隣に移動して、近くにあった木に寄り掛かる。

虫とかいませんように。


「……覚えてんだ、そんな事」


「そんな事だから覚えてるもんだろ」


 何気ない事とかそういうのを覚えてるって、そういうのが──友達ってやつだと俺は思う。

俺とミツコはそういう仲だった。

男子とつるんでるみたいに気兼ねしなくていいし、そういうノリが楽しかった。


「お前、変わったなぁ」


「別に、そんな事な──」


「──あるよ。全然違うじゃん」


 みつこはもっとさばさばしていて、すぐにつっこみ返すような奴だった。

割りと自己中でも芯があるような奴で、気持ちのいい奴だった。


「どうしたんだよミッコ。何に流されてんの?」


 今、目の前のミツコは、俺が知っているミツコの欠片も見えなかった。


 するとミツコは肩に降りていた髪を掻き上げて、ふーっ、と息を吐いた。


「……そうだったね。あんたって変なとこ鋭いんだった」


「お前の爪ほどじゃねーよ」


「あはっ! そーだね。あたしにはちっとも似合ってない」


 ミツコはおどけて指を狐の形にして、その爪の鋭さを見せつける。


「……変わらなきゃさ、やってけなかったんだよねー」


 ミツコは、ぽつ、ぽつ、と話し出した。

今の高校で──友人関係で上手くいっていない、と言った。

少しでも違う事を言えば、すれば、変な目で見られてしまうらしい。

そのため友達に合わせている内にこうなってしまった、と。


「あたしがあたしじゃないみたいで気持ち悪いよね。ごめん」


 もうジュースになってしまったかき氷をミツコは飲む。

ミツコはミツコなりに戦っている。

俺がどう、何て言えば──言葉が出てこない。


 ……女ん子の世界、わっかんねー。


「あー、それで? 俺を誘った理由ってまじでかき氷なわけないよな?」


 ミツコと目を合わせると、ふいっ、と目を逸らされてしまった。


 何だぁ?


「ミッコ?」


「ちょ、ちょっと待って。唐突過ぎ──馬鹿っ、あーもうっ」


「はぁ?」


 ミツコは背を向けたまま、すーはー、と深呼吸をしている。


「……かき氷じゃないよ。好きだけどさ」


 それはわかっている。


「……この前会った時さ、クサカ全然変わってなくて、ちょっと、取り戻したかったんだよね。悔しい感じがして」


 女子と行った喫茶店の時か、と二本のりんご飴を見つめる。

しかし悔しいって何だろう。


「それと──


 ミツコがこっちを向いた。


「何?」


 寄り掛かっていた木から背中を離した。


「──あんた、好きな子いる?」


 好きな……子?


「……は!? な、ななななっ、何の話だよ!? はぁ!?」


 何聞いてんだっ! びびるわーっ! そんな事聞くために誘われたのか!?


 わちゃわちゃ、と手やら目を動かしているとミツコは、ぷーっ、とふき出して笑い出した。


「あははっ! 動揺しすぎでしょー、おっかしっ!」


 そして落ち着かせるために息をついて、続ける。


「あーあ、そっか。そうなんだ……うん、変わってたね、クサカ」


 意味わかんね。


「何言ってっかさっぱり──」


「りんご飴みたいな頬っぺたして隠せてると思ってんの? ばーか。あー、あとさ、あの子に……ごめんって言っといてくんない?」


 先に帰る! とミツコは俺の返事を待たずにその場を後にしたのだった。


 置いてけぼりとか、マジかよ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る