第28話 プリン(後編)
これは、どういう意味かしら?
夏休みも
自室にて、私は机に向かって夏休みの課題の一つを片付けていた。
教科は英語、スペルミスもおそらくない、とその時、部屋の真ん中にある小さな丸テーブルに置いていた携帯電話が鳴った。
この音はライーンだ、と画面を操作すると──。
『明日、駅の外じゃなくて本屋に変更』
──男子からだった。
駅の外でもよかったのだけれど考えてみればそうだ。
涼しい本屋の方が待ち合わせ場所として有難い。
新しい本を物色して時間も潰せる。
夏休み一日前、私は男子に誘われた。
遊びだけれどまさか負けるだなんて──その罰ゲーム? が映画だなんて、それが明日だなんて。
「……これって罰ゲームなのかしら」
あと十四時間後くらいなのに今更疑問に思っても仕方がない、と私は携帯画面をタップして返信する。
『はーい。楽しみね』
送信してから気づいた。
楽しみ? おやおや?
その時、自室の扉に控え目なノックが二回、鳴った。
「──お邪魔しますよー」
父さんだ。
「どうしたの? こそこそして」
私の父、
仕事着でも部屋着でもある作務衣を着ている父は忍び足風に部屋に入ってきた。
私より長い髪をハーフアップで括っていて、あと体格が良い。
百九十センチくらいだったかしら、体重は重い。
その手には小さな何かが二つと、スプーン二本が握られていた。
「今日も共犯者になってくれるかなぁ?」
丸テーブルにそれらを置いて、にこにこ、と私に笑いかけながら座る。
こんな事はしょっちゅうなので私は、ふぅ、と軽くため息をついた。
「また母さんにボディブロー食らうわよ?」
父さんは隠れてお菓子を食べまくるので母さんに怒られまくっているのだ。
最近は私をだしにするけれどすでにバレバレだ。
しかし今回は母さんに二つ用意したとかでお咎めはないらしい。
ずるい、私も二つ食べたい。
「食べないの?」
「まさか」
父さんは笑いながら、座って、と隣の床を指差す。
今日のお菓子はプリン。
それも小さな壺に入っていて、味が濃くて美味しいんでしょってやつ。
蓋を開けていないので色は見えないけれど、器からして美味しくないわけがない。
「ん? 明日出かけるの?」
すでに食べ出していた父さんがカーテンレールに掛けていた私の服を見て言った。
私は蓋をあけながら答える。
「うん。いただきます」
ほら、やっぱりプディングのカスタードが美味しい色してる。
壺の底にあるカラメルごとスプーンで掬って、一口。
「あー、おいし」
「あー、おいし」
実はこうやって共犯者になるのはとても嬉しい。
美味しいお菓子はいつでも大歓迎だ。
「映画を見に行くの──男の子と」
「へー、気を付けて楽しんで──男の子!?」
「父さん声が大きい」
あ、と父さんはスプーンを咥えて
「そ、そそそ、その男の子はー……か、彼氏、なのかな?」
おっと、貧乏揺すりが激しいわ。
「ううん、友達よ」
そ、そっか、と父さんは目をきょろきょろ、と左右させて、また服を見つめる。
まさか彼氏と聞かれるなんて──。
「──で、デート、なのかな?」
……デート?
いいえ、誘われたけれどこれは友達としてだもの、デートという言い方は当てはまらないわ。
それにこれは罰ゲーム。
勝者が選んだ──罰? ゲーム?
私は負けたのに、負けた気がしないのは、何故?
「……これって、デートなのかしら」
ぽつり、と呟いた自問は父さんに聞こえなかったらしく、父さんはもうプリンを食べ終えていた。
私ももう一口食べる。
中身が見えないのに小さな壺の器を持ち上げて側面を見る。
「い、いいなー……父さんも母さんとお出かけしよっかなー……」
「……いいんじゃない? 母さん喜ぶよ」
この前新しい服買ってたし、と教えてあげると父さんは、よし、と立ち上がった。
「シウちゃんがちょっと浮かれてたのがわかってよかった。複雑だけどぉ」
浮かれてる?
明日は楽しんできなさい、複雑だけどぉ、とまた付け足した父さんは部屋を後にした。
別にデートじゃないのに、罰ゲームなのに、映画に行くだけなのに。
なのに──。
──このどきどきは、どういう意味かしら?
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