第24話 パンケーキ(後編)

「──ベリー系も美味しいわね」


 うんうん、と男子は頷きながらバナナの方のパンケーキにフォークを突き刺した。

私はそんな男子に薄く笑いながらパンケーキの生地に生クリームをのせて、ベリー系のソースをべっとり、とつけて口に運ぶ。


「お、こっちも美味いじゃん。やっぱホットケーキには蜂蜜かね」


「メープルシロップよ」


 はいはい、と男子はまた頷きながらパンケーキを頬張った。


「ふふっ、大きな口」


 ちょっと待て、と咀嚼する男子は手のひらを私に向ける。


「──ソース垂れそうだったんだもんよ。つーか、ちゃんと半分な」


「わかってるわよ」


 二種類のパンケーキはそれぞれ半分に切っているわけではなく、つつき合いながら食べている。

シェアというものだ。

最初、男子はシェアする事に抵抗を示したのだけれど私が、気にしないけれど、と言ったら、まぁいいか、と言ってくれた。

その割りには端っこしか食べていない。


「気にしてるの?」


「何を?」


「間接的なキス」


 私がフォークの先に軽く唇を当てると、ちょうどストレートティーを飲んでいた男子が軽くむせた。


「なっ、何言ってっ」


 口を擦りながら目を泳がせる。


「そんなに驚く事ないじゃない。嫌なの?」


 先日の、あーん、はぎりぎり箸には口をつけていない。


「い、嫌ってわけじゃないけど、そんな風に言われると意識するっつーか何つーか……」


 それを聞いて私もちょっと意識してしまった──のは、隠す。


「冗談よ」


 そう言って私もストレートティーを飲んだ。

甘い口の中がすっきりする。

けれど香りがまだ残っている。

フォークを持ったまま携帯電話を操作して、小説の続きに目を落とした。

縦ではない横書きの文字をつらつらと読んでいく。


「そのアプリ──これ?」


 と、男子が携帯電話の画面を見せてきた。


「ええ、そうよ」


「おっけ」


「どっちを読むの?」


「んー? えーと、こっちのノベルってのがそう?」


 私は体ごと首を傾けて男子の携帯画面を覗き込む。

男子もそれに気づいて少し肩を寄せた。


「漫画じゃないの?」


「さっきまで読んでたじゃん」


 確かに漫画雑誌を読んでいた。

読み終わったからこっち、というわけか。


「興味なさ気だったのに」


「食わず嫌いはしたくねーの」


 にっ、と男子は歯を見せて笑った。

確かに食べもしないで苦手、嫌い、とは言いたくない。

何より勿体ない。


「……ふぅん?」


「なーんだよ」


「なーんでもないわ」


「せっかく教えてくれたしさ。お互いの趣味の交換みたいで楽しそうだし。ん、シェアってやつ?」


 趣味の、シェア?


 まるで今食べているパンケーキみたいに言う男子は、机に片肘をついて携帯電話を操作している。


「あは、面白い事言うのね」


 私はバナナの方のパンケーキにフォークを突き刺した。


「お前ほどじゃねーよ」


 男子はベリーの方のパンケーキにフォークを突き刺した。


「例えば?」


 男子はパンケーキを頬張りながら横目で見てきた。

私もパンケーキを一口、お互い、もぐもぐ。

甘くて、酸っぱくて、美味しいを味わう。


「──すっげぇ、好きって言う」


 ちょうど飲み込む時で、ごくり、と喉が鳴ってしまった。


「……そんなに言ってるかしら」


「小説は?」


 突然の質問。


「……好き」


「お菓子──パンケーキは?」


 男子はバナナのパンケーキを突き刺した。

その時、指が滑って携帯電話の画面がトップ画面に戻ってしまって、男子が撮ったパンケーキが映っていて。


「……好きよ」


 ほらな、と男子はしたり顔で笑った。

その顔はちょっと好き。

けれどこれは、言えない。


 ──これってもしかして、好きのシェアかしら?

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