第20話 スコーン(後編)
──上手に、出来てるかしら。
私はもう少しで読み終わる漫画本を読みながら考えていた。
出来たのはスコーンではなく、これはお気に入りのお店で買ったものだ。
考えているのは、私の行動。
いつも通り、いつものように動けているか──話せているか。
顔に、出ていないか。
「──どう?」
「…………え?」
少し反応が遅れてしまった。
「それ。漫画」
ああ、と私は男子の机に、スコーンとジャムなどの瓶の隣に漫画本を開いて置いた。
「新鮮。あまりこういうのは読まないから」
男の子向けとされる漫画は最初から戦っていて、血が出ていて、暴力的。
そう言うと男子は、まーな、と頬杖をついた。
「それラストがな──」
「──駄目。ネタバレするところだったでしょ」
「ごっめ、あっぶなかった。つい言いそうになっちゃうんだよなー」
「わからないでもないわ。好きなものって教えたくなるもの」
「そそ」
「……言えない時もあるけれど」
ぽつり、と最後いらない事まで呟いてしまった。
「何? 聞こえなかった」
「ううん、いいの。次はクサカ君がスコーンのぬりぬりやって」
「ふはっ! ぬりぬりってガキみてぇ」
あーもう、動揺したわ。
けれど男子は素直にスコーンを半分に割った。
ゆっくりと慎重に、綺麗に、丁寧に。
ぬりぬり、されていくそれを見ながら私は手を拭いて待機する。
「よっ、と。はい」
そして出来たスコーンを渡されたのだけれど。
「……ちょっとクリーム多くないかしら?」
それにジャムも、と私は両手でスコーンを受け取る。
「多い方が美味くね? なーんか水分もってかれっし、今日は飲みもんねぇし」
それはあなたが──と言おうとしたけれどやめた。
もしかした買って戻ってくる、なんて期待をしていた自分がいたからだ。
なのに、買ってきていないなんてこちらの事情だけれど裏切られた気分。
悔しいから、少し仕返し。
「飲み物担当が無断欠席したせいね」
つっけんどんに言ってみた。
だって──と続けて色々言おうとしたら男子が大きめな声を出したのはすぐだった。
「──ごめん! ちょっと、なんつーか、その……」
……もしかして。
「……あはっ」
おっかしい。
本当に? まさか、私と一緒だったなんて。
私は声が出ないように笑った。
苦しい、一息つきたい──飲み物が欲しい。
男子は
「あー、久しぶりにこんなに笑ったわ。初めて見せたかも?」
うん、と男子はぎこちなく頷く。
「あなたは本当に優しいのね」
「うん……うん?」
今度は眉間に皺が寄る男子が面白い。
「気まずかったんでしょう?」
「まぁ……それも、ある」
「私もよ」
昨日の今日で、もう知られているのに何もなかったみたいに隠そうとしていた。
そんなのは無理で、後は言い出すタイミングだけなのに。
だから、私から言う。
「ごめんなさい。ううん、ありがとう。もう気を使わなくて大丈夫よ」
それから私は大きめに口を開けてスコーンを頬張った。
確かに多い方が美味しい、けれど頬張り過ぎた。
すると男子が何か言った。
聞こえなくて首を傾げてみせると、男子は、何でもない、とスコーンを齧る。
子供みたいに口の端にクリームとジャムをつけていて、美味しさから微笑んでいる。
ああ、なんか、今日はその顔を見ていなかった気がする。
見れて嬉しい。
……嬉しい? 何故?
「うーん……やっぱ飲みもん欲しくなんな」
「そうね、紅茶がいいわ。知ってる? スコーンと紅茶をセットでいただくのをクリーム・ティーって言うのよ」
へぇ、と男子は数回頷いて、ごくん、と飲み込んだ後、こう言った。
「──たまには一緒に買いに行かね?」
……誘われちゃった。
と言っても、学校内にある自動販売機だけれど、ほんのそこまでの距離だけれど。
「ええ、いいわ。食べてからね」
私達は同時に残りのスコーンを食べる。
そして初めて、一緒に、教室を出て歩くのだった。
当然、お会計は男子持ち。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます