第14話 フルーツポンチ(後編)

 ──シロップはカップに半分。


「出来た。いただきましょう」


 タッパーを置いた私は、ふぅ、と息をついた。

見られながらの作業というのは計らずも緊張した。

今日も男子の割り箸を用意しているので渡そうとした、その時──。


「──ちょっと待った。写真撮らせて」


 男子は携帯電話を掲げる。


「どうして撮るの?」


「んー? 美味そうだし、今を取っときたい、みたいな」


 そういえばクラスメイトの女の子達もよく撮っている。

今の男子と同じような理由からだろうか。


「せっかく綺麗に盛り付けてくれたしさ。すぐ食っちまうのは勿体ねぇ」


 ……嬉しい事言ってくれるじゃない。


「ま、すぐ食いたいからこうすんだけどなー」


 いつまでも見ていられないのは私も同じだ。

かしゃっ、と男子は写真を撮った。


「上手に撮れた?」


 ほい、と私に向けられた携帯電話の画面を見ると、いいアングルでフルーツポンチが美味しそうな出で立ちで写っていた。


「上手」


「結構好きでさ。写真撮るの」


 へぇ、と男子に割り箸を渡す。

スプーンとも考えたのだけれど、何となくいつも通りに用意してしまっていた。


「さんきゅ。じゃ、いただきまー」


「いただきます」


 うん、シロップ美味しい。

軽くかけたシナモンも良い感じに香ってるし、うんうん。


「うっま」


 そうでしょうそうでしょう、とほぼフルーツの美味力びみりょくのおかげなのに得意気になったりして。

下処理やシロップは作ったので間違いではないのだけれど。


「はー、落ち着いてきた」


「お腹が?」


 そ、と男子が笑った。

というか──。


「──おかわりいい?」


「はっやー」


 食べるのが早すぎて驚いた。

目を離した少しの間で流し込んだのだろうか。

カップそのままに、飲むように。

本当に、すぐ、に食べてしまった男子は自分で、ひょいひょい、とフルーツをカップに入れていく。


「今日はやけにがつがつしてるわね」


「体育のせい。午後にやんの反則っしょ」


 男子はシロップをさっきよりも少なめに入れる。


「サイダー入れるけど、お前は?」


 ああ少しフルーツを足すわ、というと、男子は、欲張り、と言った。


 いえいえ、バランスというものがあるじゃない?


 かしゅっ、とプルタブが開けられて、ゆっくりとサイダーが注がれる。

瞬間、フルーツとシロップの間でサイダーが小さく、たくさん、弾けた。


「──この瞬間、たまんないよな」


「え?」


「泡んなるとこ」


 サイダーがカップの中で、フルーツの上で、しゅわしゅわ、と消えていく。


「子供の頃さ、サイダーの缶振って開けて、ぶしゃーっ! ってすんのハマってさ。母さんに超怒られてた」


 いひっ、と男子は悪戯にはにかむ。

きっと子供の頃と同じ笑みだろう、そして、やりそうだな、と私も笑った。


「今もやりたかったり?」


「さすがに今はやんねぇよ。でもそうだな……いつからやんなくなったんだろうな。あんなに好きだったのに」


 今度は私のカップにサイダーが注がれる。

ゆっくり弾けて、落ち着いていく。


「ふっ。クラキなら、勿体ないからしないわ、とか言いそ」



 言ってやると男子は苦笑いしながら缶を机に置いて、そっ、とカップを持った。


「ちょっと注ぎ過ぎたな」


「いいじゃない。だってフルーツポンチって飲み物だもの」


「え、食いもんじゃねぇの?」


 イチゴを箸で突き刺した男子は首を傾げて、私もカップを持ち上げて首を傾げる。


「……まぁ、どっちも好きだからいいや」


 やっぱり男子は欲張りだ。

そして私も。


 どっちも好き。

あれもこれも好き。


 今が、好き。


 今を──ちょっとだけ、数秒間だけ取っておきたいと、思った。


「私は子供の頃、乾杯をするのが好きだったの。何か飲むとき必ず誰かとやってたわ」


 そう言うと、男子はピンク色でフルーツごろごろのカップを掲げた。

控えめに零れないように、そ、と当てる。

何の音もしない乾杯は静かで、サイダーが泡が少し、小さく揺れた。


「どうよ? 久しぶりの好きな事は」


 ──悪戯に笑うクサカ君にパンチされた気分だわ、と私は微笑んだのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る