急なメロディーに乗って
おや、この旋律は。ダンシング・クイーンじゃないか。にしても、なんでまた商店街のど真ん中でこんな大音量を。と、とぼけてみたが僕は知っている。一斉に周りの人たちが目配せを送り合う。こぼれ出る楽しげな雰囲気。さあ、3、2、1。ほら来た。みんなが一斉に踊り出す。おいおい、僕はやっぱり巻き込まれた。これはフラッシュモブなのだ。やっぱり。うろたえる彼女と誇らしそうな彼氏。彼氏はさっとひざまずき指輪のケースを差し出す。
僕と結婚してくれないか。
はい、こちらこそよろしくお願いします。
うわぁっと拍手が飛び交う。祝福の指笛が鳴る。騒ぎ立てる若者の声も聞こえる。今日もこんな具合いか。ちょっと遠出して映画館の入った大きなショッピングモールに来たら案の定この展開だ。別に幸せな行事だから一概に嫌だとは言えないものねぇ。そう、僕は行く先々でフラッシュモブに巻き込まれるのだ。
いったいそれが何でかは分からない。でも大抵、巻き込まれる。人通りが多い所とか開けた所とかに行くとほぼ確実に巻き込まれる。時間も大切で昼ご飯の前かおやつくらいまで。そして晩ご飯前から夜まで。この辺りはイベントとしてランチやディナーに絡めることができるからフラッシュモブが頻発するタイミングである。つまり要警戒。なるべく人が多い通りは避ける。ショッピングモールだったら専門店街や吹き抜けのある広場なんかは通らないようにする。階段とエスカレーター、エレベーターを駆使して細い道を縫うように歩く。子どものときから積み上げてきたスキルだ。
それともう一つ身に着けたものがある。ダンス。大きな拍手。指笛。掛け声。どんなテイストの音楽が流れたとしても対応できるようにひまなときに子ども部屋で練習したりしていた。中高も部活に入っていなかったからもっぱら勉強に飽きたら狭くなった部屋でダンスの練習をしていた。だから、洋楽もJ-ポップもK-ポップもクラブミュージックもある程度は踊れる。基本のステップさえ覚えてしまえばあとはノリのよさが重要。
こんなことを考えながら遅めの昼ご飯にハンバーガーでもと思ってふらっとフードコートに来た。
本日はシニアサービスデー、シニアサービ――
タンタンタンタンタンタンタンタン
タンタンタンタンタンタンタンタン
トゥタトゥタトゥタトゥタトゥッタ
トゥタタトゥタタトゥタタッタ
ドラムが小刻みにリズムを刻み始めた。そこに店員さんが足踏みで合わせている。段々と周りの売り場からも客が集まってきて、売り場のスタッフもクラップを始めた。
パパパー パパー パパー パパパッパー
ふうトランペットが楽しそうに音源に加わって来た。さあこういうときの定番はどこからか狼狽えた主役が連れてこられるものだが――。
大勢の人が何重にも僕の周りに輪をつくっていくばかりみたいだ。
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