第42話 利益の計算



「我が娘のことに、陛下が心を配って下さるのは光栄ですが。……なぜご存知だったのかは気になりますね」

「そうですか? 昨日、エレナ夫人がオズウェルに会いに来たのはもちろん知っていますよね? そのせいで、この鉄面皮が一日中浮かれていたのですよ。メリオス伯爵にもお見せしたかったな!」

「あら、私も見たかったわ」

「姉上は見なくて幸いでしたよ。イメージが崩れてしまう」

「浮かれていたのはお前の方だろう。俺は陛下に、お前の機嫌が良すぎで不気味だがどうしたのか、と問われてしまったぞ」


 ……まだ、お父様たちの駆け引きは続いています。

 お父様は笑顔でチクチク言っていますが、ハーシェル様はまるで堪えていません。

 と言うか。心から楽しんでいるように見えますね。ローヴィル公爵夫人は拗ねた顔を作っていますが、どう見ても楽しそうで……我が家のゴタゴタが娯楽になってしまっているのは複雑な気持ちです。

 そんなことを考えていたら、グロイン侯爵様が立ち上がりました。


「申し訳ないが、まだ仕事が残っているから先に失礼する」

「残念ね。もう行ってしまうの? 会うのは久しぶりなのに。それに、エレナさんとのイチャイチャもまだ見足りないわ」


 侯爵様、この姉弟様たちと本当に仲が良いのですね。

 ……でも。あの。イチャイチャ、とは?


 戸惑う私の顔を見て、公爵夫人が楽しそうに笑っています。

 どう答えていいかわからず、思わず侯爵様を見上げてしまいました。剣を帯び直していた侯爵様はため息をつきました。


「……公爵夫人。俺をからかうのはいいが、エレナ殿へは勘弁して欲しいのだが」

「あら。ねえ、ハーシェル、もしかしてオズウェルは奥様に甘いの?」

「甘いよ。見ての通りだ。面白いでしょう?」

「なにそれ。可愛いじゃない! ねえ、もっと二人を見ていたいわっ! オズウェルがいる日に、またお邪魔してもいいかしら! ねえ、いいでしょう、エレナさん!」

「いつでも、と申し上げたいのですが、あの、お父様のご迷惑にならなければいいのですが」


 公爵夫人の言葉に、ピクリとお父様の眉が動いた気がして、私はそっとお伺いを立ててみました。つい小さくなってしまった私に、お父様はじろりと目を向け、それからにっこりと笑いました。


「もちろん、公爵夫人ならばいつでも歓迎しますよ」

「嬉しいわ! では、アルチーナさんの結婚式にもお邪魔していいかしら? 近い時期に早まるのでしょう?」

「……ええ、そうですね」

「素敵! 絶対に招待してくださいね! その頃には少しはお腹が大きくなっているかしら? それとも大きくなる前? ここだけの内緒の話ですが、夫の予定は近ければ近いほど空いていますのよ。その辺りのわがままを聞いていただければ嬉しいわね」


 ローヴィル公爵夫人は軽やかに微笑みました。でも長いまつ毛に縁取られた魅惑的な目は、わがままを言う貴婦人にしては冷たい気がします。

 そしてお父様も、微笑んでいるのに、別のことを考えているのは明らかでした。


「……公爵閣下まで来ていただけるのなら、こちらも張り切らざるを得ませんね。早速ですが、計画を立てたいので閣下のご予定を簡単に教えていただけますか? もちろん、レイマン侯子様のご予定もお聞かせ願えれば幸いです」

「ああ、いいよ。私はオズウェルと違って今日は非番だからね」


 お父様が、ころりと表情と口調を変えました。ローヴィル公爵閣下と繋がりを作る事で得られる利益を計算し終わったのでしょう。

 それがわかっているのか、ハーシェル様は満足そうにしてうなずいて、グロイン侯爵様にも目配せを送りました。


「ということで、あとは我らに任せて、君は安心して仕事に邁進したまえ」

「わかった。だがお前の仕事は残しておくぞ」


 苦笑いを浮かべた侯爵様は、軽く礼をして扉へと向かいます。

 一瞬遅れて、私も立ち上がりました。


「お見送りさせてください」

「いや、その必要は……」


 扉の前で足を止め、侯爵様は見送りを断ろうとします。

 でも最後まで言う前に、ローヴィル公爵夫人が明るい声で遮ってしまいました。


「エレナさん、私たちのことは構わず、ゆっくりお見送りしていらっしゃい。もうここには戻って来なくてもいいわよ。アルチーナさんの部屋で私が贈ったお茶を一緒に召し上がってみて」

「でも」

「感想は次の機会に教えてくださいね。……ふふ。オズウェルがいない時でも、こっそりお邪魔してもいいわよね?」

「公爵夫人なら、もちろん歓迎しますよ。エレナ、こう言っていただいているから、お前はもう下がりなさい」

「……はい、お父様」


 まるで別人のように上機嫌なお父様に促され、私は急足で扉の前の侯爵様のところへ行きます。



 侯爵様は困ったような顔をしましたが、私のために扉を開けてくれました。 


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