第4話 エレナは静かに絶望する



 アルチーナ姉様の「お願い」は、いつも大変な目に遭いました。

 でもお姉様のわがままには慣れました。もう何があっても平気。……そう思っていたこともありました。


 でも今回の「お願い」は……お姉様の結婚式なのに、お姉様の代わり?

 それはどういうことでしょうか。遠隔地同士の貴族の結婚式で行われる、臨時の代理みたいなことだったらあり得ます。……でも、絶対にそういう簡単な話ではないんですよね?


 お母様はひたすら微笑んでいるだけ。お父様は名案だとお考えのようです。

 まさか……いや、動揺してはいけませんね。落ち着かなければ。私の勘違いかもしれませんし。



「お姉様の代わりとは、どういうお仕事でしょうか」

「そうね、お仕事といえばお仕事かしら。明日はあなたが花嫁になるのよ。わかる? エレナがこっそりグロイン侯爵と結婚してしまうのよ」


 ……やっぱりそれですか!


「そんなこと、許されるはずが……!」

「問題ないわよ。エレナもメリオス伯爵家の娘なんですもの。むしろエレナの方が若いし、あの成り上がり侯爵も喜んで承諾するんじゃないかしら?」

「絶対にそうは思えませんっ!」


 思わず声が大きくなってしまいました。

 でも、そんなことを気にする余裕はありませんでした。

 前日になって、やっぱり花嫁相手を交換します、なんて、そんな勝手な話が通用するはずがありません。なのに、アルチーナ姉様は心から不思議そうな顔で首を傾げました。


「私の結婚式がエレナの結婚式に代わるだけなのに、なぜそんなに嫌がるの?」

「急な変更だからです! 王家に提出した婚姻申請書はお姉様の名前になっているはずですよ!」

「そんなの、名前を訂正しておけばいいわよ。元々、家と家の婚姻関係を把握するものでしょう? 花嫁が急死することだってあるんだから変更くらい想定内よ」

「お姉様は生きています!」

「もう、耳元で大きな声を出さないでちょうだい。それより手を出して」


 どうでもよさそうに言い放ったアルチーナ姉様は、私の手をつかんで無理矢理に指輪をはめました。

 アルチーナ姉様の婚約指輪です。

 宝石がとても大きくて美しくて、うっとりと見惚れたこともありました。でも姉様の婚約指輪は、私の指には大きすぎました。年齢のわりに小柄で痩せている私は、全体的に子供サイズで指も細すぎるんです。

 気を抜くとするりと抜けてしまいそうで、一瞬抵抗を止めてしまいました。


「エレナの指、細すぎるわ」

「そうです。私はまだ全然子供っぽくて、だからお姉様の代役なんて、無茶です!」

「無茶ではないわよ。合理的と言ってちょうだい。ロエルは私と結婚するのだから、あなたが私の代わりに結婚するのは当然でしょう?」

「で、でも、グロイン侯爵様は、アルチーナ姉様と結婚すると思って……!」

「どうせ、あの成り上がりに箔付けするための結婚よ。伯爵家の娘なら私でもエレナでも変わらないし、向こうだって私たちを見分けられないんじゃないかしら」


 当たり前のことを語るような素晴らしい笑顔です。

 華やかな美女と冴えない子供のような私。金髪と赤毛。どう考えても全く違うと思います。

 なのに、お姉様と話が通じません。

 お父様とも無理だったので諦めるしかないのでしょうか。



 せめて結婚相手の情報を教えて欲しいと思うのですが……すでに誰も聞いていませんでした。メイドたちが顔色を変えて走り回り始めています。

 結婚式は、もう明日。いろいろ大変なのでしょう。



 でも一番大変なのは、グロイン侯爵様との婚儀で……その時に対応するのは私です。

 ……私はひっそりと絶望しました。

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