第8話 遭遇・2

 眞紅はアミティエとエルデとともに目の前の小さな崖を飛び降りて、リッヂに近づこうとする。

 だが三人が着地した途端に地面から手が生えてくる。

「罠、のつもりなんでしょうか」

 エルデは一瞬で、その手を剣で切り裂いた。切断された手は土の塊に戻り、その場に落ちてただの盛られた土となった。だが、リッヂの周りに何体ものゴレムが生えてきた。エルデの見立て通り罠なのだろう。司令官であるレムレスの近くだとゴレムも賢い動きをするな、と眞紅は静かに腹を立てた。

「アミティエ、リッヂの元へ走れ。エルデは」

「ギフトを使う、ですね」

「あぁ、許可する!俺が援護するよ」

「かしこまり!」とアミティエが走りだす準備をすると、シンリンも高所からこちらに銃口を向けて待機しだした。

 エルデは双方を確認し、最後に眞紅を見てから改めて柄を強く握り、ゴレムの集団に刃を向けた。


雲に隠れた月を見てウィットネス・ミー!」


 音声認証をクリアし、グレーダーに取り付けられたコアがまばゆく光った。すると、思い思いの方向へ向いていたゴレムが全てエルデだけを見た。ぽっかりと空いた顔面の空洞にも関わらず、それら全てが確かにエルデを捉えている。

 リッヂの周辺を陣取るように動かなかったゴレムが、重い体を揺らしながらエルデめがけて歩き出した。


 彼女のギフトは、眞紅やアミティエのような常時開放型の身体強化ではない。範囲内の任意の集団の目標を自分に集中させるものである。被弾の可能性が上がるものの、こういった怪我人の救出には非常に効果的である。

 執行官が一人で戦うことはほぼ無い。集団戦において仲間の手助けになるギフトを開花出来たのは、エルデがそういったことを願う少女だったからだ。

 自分が強くなるのはギフト以外でも可能だ、だからギフトは仲間を助けるものがいい、と。

 彼女は強い思いによって、自分が願った通りの異能力を開花させたのだ。


「私はここよ!」

 エルデの声に反応し、さらにゴレムは足早に移動する。足をもつれさせながら一心不乱に駆け寄る様はどこか哀れであった。

 そしてエルデ以外見えていないゴレム達は格好の的でもある。近づく前に眞紅とシンリンによって次々と撃ち倒される。そして弾丸を突破しても。

「よくここまで来れたわね」

 迷いのない剣筋で切り伏せられ、その存在を終える。


 アミティエはその隙にゴレムの横を通ってリッヂの元へ辿り着いた。彼のQUQはエマージェンシー状態に陥り、いくつもの生命維持プログラムや緊急コマンドが走っている。しかし生命の危機はない。動かしていいものかQUQに判断を委ねると、双方のQUQが許可を出した。

「よし!戻ります!」

 QUQにはリッヂの体重は102キロ、と表示されている。だがアミティエには何の障害にもならない。一旦彼の上半身を起こして腕をとり背中に回し、太ももを抱えて背負い立ち上がった。俗に言うファイヤーマンズキャリーである。

 片方の手は斧を握るために空けておき、来た道を戻っていった。


 ゴレムは眞紅達により次々に倒されている。リッヂもこのまま助けられるだろう。アミティエはクレイドとブレイズを横目で探した。ゴレムがこちらに集中している分、彼らは楽に進めたのかもう繭の近くについていた。

 だがどんどんもやが広がっていて、今にも二人を飲み込んでしまいそうだった。

「アミティエ、あっちからリッヂを上げるぞ」

 眞紅の指示でシェルターの近くの壁前に移動する。そこには上からフォリーが手巻き式の昇降担架の準備をしてくれていた。リッヂを担架に乗せ、上げてもいいと合図をする。きゅるきゅると巻き取る音を立てながらリッヂの身体は崖を登っていった。

「電動じゃないんだ」

「訓練生の携帯品だからな、あるだけでもついてるって」

「それもそっか。アミティエ、ゴレム退治に参加します!」


 斧を振り回しゴレムを破壊する。斬るでもなく撃つでもない砕ける音が響くのを耳にしたリャンは、作戦通りに物事が進んでいると分かり多少心が落ち着いてきた。背後ではリッヂの治療が始まっている。

 地図の青い点は減少の一途を辿っている。だが、繭のすぐ近くで執行官達が足止めを食らっているように見えた。あまりにも繭に近いため二人との通信は途絶えてしまっていて、何故二人の進攻が止まっているのかは分からなかった。もう一つの点を見るまでは。

「……フォリー教官」と呼びかけ、地図に映るレムレスの赤い点を彼に見せた。

 徐々に深みを増して広がっていく赤い点に、言いようのない不安が募る。まだ二人に通信は届かない。

 ──いや、近くにいる二人ならばすでに異変に気が付いているのでは?

 リャンは少し考えて、眞紅に一報入れる。『そこから繭はどう見えますか』と。


 眞紅はリャンからの通信を見て、ゴレムから目線を外して繭を見た。

 先ほどより黒いもやが濃くなっている。風の切れ間から背の高い二人の頭が辛うじて見えている、くらいの視認性の悪い情景だった。あの中にいる二人からは余計何も見えないだろう。

 繭というより霧の中の蜘蛛の巣だ。視界の悪いもやの中で糸を切って蜘蛛を探しているようだ。そして進めば進むほど断ち切った糸が体にまとわりついて、身動きがとれなくなる罠に嵌る。

 二人のグレーダーのコアの輝きだけは靄の中でも見えているため、遅くとも着実に本体に近づいて行っているのは確かだった。

 そうこうしていると、更にもやは広がって色も濃くなっていく。

「……なんかヤバいぞ。二人とも、警戒しろ」とアミティエ達に告げた。


 ブレイズも黒いもやが粘度を増して手足に絡みつくのを感じていた。あまり長居すべきではない、と頭の中で警鐘が鳴った。

 刺激しないほうがいいか、それとも、早く片をつけるべきか?

 いつもなら相棒のリッヂや他の執行官と意見を交わすし、二級執行官の自分が決断を下す立ち位置にいることは少ない。だが今回のブレイズは責任者である。相棒は負傷してリタイア、執行官とはいえ現場から離れた指導教官が部下で、唯一の一級執行官はコミュニケーション能力に難がある上に非協力的だった。

 本来なら一番階級の高いクレイドが指揮をとるべきだろう、と最初に思った時に口に出しておくべきだった。見誤った。

 クレイドは一切ブレイズに意見を仰ぐことなく、黙々とゴレムを斬り、もやを焼いて進んでいる。おそらく自分より先に繭に到達するだろう。

 退魔士はチームで動く。個人で突出して強い奴がだなんて、許せるはずがない。実力があれば非協力的な態度を認められるなんて社会や組織は間違っている。本来このような緊急時にはなりを潜めるべきブレイズ個人の価値観が沸々と湧き上がっている。

 ブレイズは、自分の抱く妙な焦りがレムレスだけのせいではないことから目を背けていた。

 ここで自分が何とかしないと、と左足を踏み出した瞬間。


「下がれ!」

 クレイドが叫んだ。


 だが反応が遅れた。左足は地面を踏みしめる。いや、地面を踏みしめたはずのそこには、黒い水たまりがあった。

 水たまりはキラキラと輝いていて、まるで夜空に瞬く星々が足元にあるようだった。

「……零烙れいらく、だ」

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