第45話『誕生日の夜は初めての夜-前編-』

 誕生日パーティー中は紙透家の思い出や、学校やデートでのことを中心に話に花を咲かせた。なので、パーティーが終わったのは午後8時半頃だった。


「氷織がいたから、今年の誕生日パーティーはこれまでで最高だったよ」

「そう言ってくれて嬉しいです! 私も楽しい時間でした」

「後片付けはお父さんと私でやっておくわ。お風呂の準備もできているから、明斗達が先に入ってね」

「お姉ちゃんはアキちゃんと氷織ちゃんの後でいいからねぇ~」


 姉貴はそう言うと、グラスの中に入っている赤ワインを呑み干した。姉貴は幸せそうな笑みを浮かべ、両手で頬杖をついている。少しでもお酒が抜けた状態で入浴した方がいいだろう。


「じゃあ……氷織が最初に入って。お客さんなんだし」


 正直、氷織と一緒に入浴することに興味はある。ただ、氷織をお風呂に誘う勇気が出なかった。緊張しているし、姉貴と両親のいる場だし。

 氷織は頬をほんのりと赤くし、小さく頷く。


「わ、分かりました。では、お言葉に甘えて一番風呂をいただきますね」

「ああ。一旦、部屋に戻ろうか」

「そうですね」

「お姉ちゃんも部屋に戻ろうかなぁ~」


 姉貴は椅子から立ち上がる……けど、すぐによろけてしまう。姉貴が倒れてしまう前に、俺が正面から支える。


「ありがとう、アキちゃん。お姉ちゃん、ワインで結構酔っ払っちゃったみたい~」

「結構な量を呑んでいたもんな。部屋まで俺が連れて行くよ」

「では、明斗さんがもらった誕生日プレゼントは私が運びますね」

「ありがとう」


 俺と氷織、姉貴は部屋のある2階へ上がっていく。俺が酔っ払っている姉貴に肩を貸しているので、ゆっくりと。

 姉貴を部屋まで連れて行き、ベッドに仰向けの状態で横にさせる。


「あぁ、ベッド気持ちいい~」

「良かったな。じゃあ、俺はこれで。お風呂を出たら知らせに来るよ」

「うん、ありがとね~」


 優しい声色でそう言うと、姉貴は俺を見ながらやんわりとした笑顔を見せる。


「アキちゃん、17歳のお誕生日おめでとう。残りの誕生日の時間は氷織ちゃんと2人きりで過ごしてね」

「分かった」

「初めて一緒に夜を過ごすから、思い出深い時間になるといいね~」

「……そうしたいな。ありがとう、姉貴」


 姉貴の頭を優しく撫でると、酔っ払っているからか強い熱を感じられた。

 姉貴の部屋を後にし、俺は自分の部屋に戻る。

 部屋の中では氷織がボストンバッグを開けて、少し大きめの水色の袋を出していた。お風呂に入る準備をしているのかな。


「姉貴をベッドに横にさせてきた」

「お疲れ様です。プレゼントは勉強机に置いておきました」

「ありがとう」

「あと、お風呂に入る準備もできてます。昨日、着替えとか化粧水とかをまとめておいたので」

「分かった。浴室の案内をするから、一緒に行こうか」

「はいっ」


 俺は氷織と一緒に1階にある浴室に行き、氷織にシャワーや水道の使い方、浴室にあるシャンプーやボディーソープなどの説明をする。ちなみに、ボディーソープは氷織の家も同じシリーズのものを使っており、香りが違うのだそうだ。


「説明するのはこのくらいかな。俺達のことは気にせず、ゆっくり入ってね」

「分かりました」


 一通りの説明が終わったので、俺は浴室を後にする。

 氷織と一緒にベッドで寝たいけど、別々に寝る可能性もある。なので、客間からお客さん用の布団一式を自分の部屋まで持っていき、隅の方に置いておく。あと、卓上ミラーとドライヤーをローテーブルに置いておこう。


「とうとう誕生日の夜が来たな……」


 氷織がお泊まりすると決まってからずっと待ち望んでいたけど、実際にそのときがやってくるとドキドキするな。氷織のボストンバッグや、敷いてはいないけどふとんが部屋にあるのが、氷織が泊まりに来ていると実感させる。

 あと、氷織は今、うちの浴室で絶賛入浴中なんだよな。そう思うと体が熱くなってきた。


「そ、そうだ。七海ちゃんにお礼のメッセージを送らないと」


 スマホを手にとって、七海ちゃんが誕生日でくれた青いタオルハンカチの写真と、『タオルハンカチありがとう』とメッセージを送る。

 七海ちゃんもスマホを手にしているのか、写真やメッセージを送るとすぐに『既読』のマークが付いて、


『いえいえ! 喜んでくれて嬉しいです!』


 という返信が届いた。そのことに気持ちがほっこりして、さっきまでのドキドキが収まっていく。


『これから誕生日の夜で、お姉ちゃんと泊まる初めての夜ですね! イチャイチャしてラブラブな時間を過ごしてくださいね! お姉ちゃんもお泊まりを凄く楽しみにしていましたから! あたし、今夜はもう紙透さんとお姉ちゃんにはメッセージを送りませんので! それでは!』


 という長文メッセージがまたすぐに届いた。この文面を見ると、興奮しながらスマホをタップする七海ちゃんの姿が容易に想像できる。あと、メッセージを送らないとは。妹として気を遣ってくれているのだろう。ところで、君は氷織と俺が何をすると思っているのかな。


「お泊まりする初めての夜、か……」


 今の状況もあって、そう言う自分の声がやけに甘美に響く。

 七海ちゃんのメッセージでまたドキドキしてきた。イチャイチャとかラブラブって言葉を見ると、どうしても桃色的なことを想像してしまう。

 このままだと体がどうなるか分からない。本棚から美少女4コマ日常漫画を取り出し、ベッドに寝転がりながら読む。

 漫画に出てくる美少女達に癒され、段々と気持ちが落ち着いていく。あと、この漫画はひさしぶりに読むので、結構集中して読める。

 漫画を4分の3ほど読み終わったとき、


「一番風呂いただきました。とても気持ち良かったです」


 お風呂上がりの氷織が浴室から戻ってきた。今の言葉は本当であると示すように、氷織は可愛らしい笑みを浮かべている。

 氷織は水色の長袖の寝間着を着ている。髪は少し湿っていて、見える部分の肌は普段よりも赤みを帯びていて。シャンプーやボディーソープの甘い香りもいつもより強く香ってきて。まさにお風呂上がりって感じだ。4コマ漫画で平常心に戻ったが、再びドキドキし始める。


「おかえり、氷織。気持ち良く入れて良かったよ。あと、寝間着姿も可愛いね」

「ありがとうございます」

「あと、俺ので良ければ、髪を乾かすのにそのドライヤーを使って」

「ありがとうございます。このドライヤー……家にあるのとは違いますが、いいドライヤーだとネットの記事で見たことがあります」

「そうなんだ」


 氷織にいいと思ってもらえるドライヤーで良かった。

 ドライヤーの使い方を説明して、氷織が長い銀髪を乾かす姿を近くで見る。その姿はとても綺麗で。あと、ドライヤーの風に乗って、氷織の髪からシャンプーの甘い匂いが。髪を撫でたり、抱きしめたりするときよりも濃く香って。

 氷織の髪の匂いを嗅いだら、髪を乾かすのが手伝いたくなってきた。氷織に志願して、途中から俺が彼女の髪を乾かした。入浴直後なので、いつもよりも柔らかく感じられた。


「これで大丈夫かな」

「……はい、大丈夫です。ありがとうございます」

「いえいえ。じゃあ、俺もお風呂に入ってくるね。氷織は好きにくつろいでて」

「分かりました。あと、さっきはあのふとんがありませんでしたが……」

「一応持ってきたんだ。別々に寝るかもしれないと考えて」

「なるほどです。でも……必要になるのは枕だけですね」


 そう言うと、氷織はクッションから立ち上がって、部屋の端に置いてあるふとんのところへ。ふとんの上に置いてある枕を持ち上げると、両手で抱きしめた状態で俺の目の前までやってくる。


「今夜は……明斗さんのベッドで明斗さんと一緒に寝たいです。いいですか?」


 可愛らしい声でそう言い、上目遣いで俺を見てくる氷織。寝間着姿だし、両手で枕を抱きしめているから可愛さが限界突破しているんですけど。


「もちろんだよ、氷織。一緒に寝よう」

「ありがとうございます!」


 お礼を言うと、氷織は嬉しそうな笑顔になって。一緒にベッドで寝たいと言ってくれるのは嬉しいし、ほっとする。


「じゃあ、俺はお風呂に入ってくるよ。その間、ベッドでゆっくりしていてもいいから」

「分かりました。いってらっしゃい」

「うん、いってきます」


 この「いってらっしゃい」と「いってきます」のやり取り……いいな。いつかはこういう挨拶が普通になる生活を遅れるようになりたい。

 俺は着替えを持って、1階の洗面所へ向かう。

 氷織が入浴してからそこまで時間が経っていないからか、氷織から感じたシャンプーやボディーソープの残り香がする。そのことにドキッとしながら、俺は服を脱いだ。

 浴室の中に入ると、氷織からも感じた甘い匂いがはっきりと香ってくる。心臓の鼓動は早くなるばかり。

 髪、顔、体の順番で洗っていき、俺は湯船に浸かる。


「気持ちいい……」


 梅雨で蒸し暑い時期になっても、お風呂の温かさが気持ち良く感じられる。だから、夏でも湯船にゆっくりと浸かることが多い。

 さっき、氷織が「お風呂気持ち良かったです」と言っていたから、いつも以上に気持ちいいな。


「……そうだ。このお湯って……!」


 氷織が入ったお湯じゃないか! 一糸纏わぬ氷織が入った! 氷織の肌に触れ、体を包み込んだ!

 氷織がここで入浴したことを考えたら、急に全身が熱くなってきたぞ。このまま入っていたらすぐにのぼせてしまうかもしれない。

 いつもよりだいぶ早く湯船から上がり、浴室を出る。

 バスタオルで体を拭いているときに洗面台の鏡を見ると、顔が結構赤くなっていた。早く出て正解だったかもしれない。

 寝間着に着替え終わった俺は、姉貴にお風呂が空いたことを知らせて自分の部屋に戻るのであった。

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