第30話『体育祭⑦-障害物競走-』

 部活動対抗リレーで盛り上がったのもあり、午後の種目は熱い雰囲気の中で実施されていく。青チームはどの種目もまずまずの結果だ。

 また、競技の合間にはダンス部による演舞も。BGMに現在流行っている曲を使っていることもあり結構盛り上がった。


『ここで招集の連絡です。障害物競走に出場する生徒のみなさんは、本部テント横にある集合場所に来てください』


「あっ、招集がかかった。行ってくるね!」


 元気にそう言い、清水さんはブルーシートから立ち上がる。


「おう! 頑張ってこいよ、美羽!」

「美羽、頑張ってね」

「ここから応援していますよ、美羽さん」

「頑張ってね、清水さん」

「うんっ!」


 清水さんは俺達の言葉にしっかりと首肯する。障害物競走に出場する女子生徒と一緒に集合場所へと向かっていった。


「障害物競走か。俺は中学のときにやったぜ。アキ達はどうだった?」

「俺も中学のときにやったな」

「私は小学5年生のときに学年種目で」

「あたしも小学生のときに。中学ではなかったなぁ」

「俺は中学の体育祭のときだけあったぜ!」


 通った小中学校によって、障害物競走を実施したり、実施しなかったりするのか。それでも、みんな経験があるから、定番の種目ではあるのかな。


「ラケットの上にピンポン球を乗せて、落とさずに走るのが難しかったのを思い出すわ」

「俺はサッカーボールをドリブルしながら進むのが難しかったぜ。強く蹴りすぎたり、明後日の方向に行っちまったりするからさ。アキと青山はそういうのはあったか?」

「俺はバットの周りをぐるぐる回ってから走るのが大変だった。平衡感覚が取れなくて、何度も転んで……目の前にあるゴールが遠く感じたのを覚えてる。それでビリになったし」


 何とかゴールはできたけど、それから少しの間は気分が悪かったな。リバースしてしまうことはなかったので、黒歴史化は避けられた。


「小学生の頃でしたから、私はけん玉にかなり苦戦しましたね。一度乗せるだけで良かったんですけどなかなかできなくて。逆転負けしちゃいました」


 苦笑いをしながらそう話す氷織。氷織は何でも器用にこなすので、小学生の頃とはいえ、かなり苦戦したものがあったとは意外だ。

 ラケットの上にボールを乗せて運ぶのは俺もやったことがあるけど、ドリブルとけん玉の経験はないな。学校によって用意される障害物って結構違うんだな。

 障害物競走の1つ前の種目・玉入れが終わり、今は片付けが行なわれている。これが終わったら、障害物がコース上に設置されるのだろう。

 さて、笠ヶ谷高校体育祭の障害物競走では、どんな障害物が用意されるのかな。去年も障害物競走はあったけど、和男や友達と喋っていたから、どういった障害物だったかは全然覚えていない。まあ、楽しみにしておこう。

 それから数分ほどで玉入れの片付けが終わる。その後、色々なものが運び込まれ、トラック上に設置され始める。このブルーシートから見えたのは、平均台に網、テニスラケットとボールか。どれも俺が中学で経験した障害物競走に登場したやつだ。

 障害物が設置された後、障害物競走に出場すると思われる生徒達がグラウンドに入り、トラックの内側までやってくる。


『さあ、続いての競技は障害物競走です! 5つの障害物を乗り越え、トラック1周します。5つの障害物とは、平均台、網くぐり、ラケットボール乗せ、なわとび10回、ぐるぐるバットです!』


 なわとびと……中学時代の俺が苦しんだぐるぐるバットがあるのか。


『平均台に落ちたときや、ラケットからテニスボールを落としたときは、その場から再スタートしてください。なわとびは途中で引っかかっても、カウントはそのままです。ぐるぐるバットはその場でバットの周りを10回回ってください。この競技は女子からのスタートとなります!』


 ということは、清水さんの登場も結構早いかな。

 それから程なくして、女子から障害物競走がスタートする。

 1つ目の障害物の平均台は、ゆっくりと歩く生徒もいるので、途中で落ちてしまう生徒はほとんどいない。

 2つ目の障害物の網くぐりは、低くてゆるめに張っているからか、途中で引っかかってしまう生徒もいる。レースによっては、早くもここで差がつき始める。

 3つ目の障害物のラケットボール乗せは、一度も落とさずに成功する生徒もいれば、何度もテニスボールを落としてしまう生徒もいて。ここで逆転するレースもある。

 4つ目の障害物のなわとび10回は、引っかかってもカウントがゼロにならないことから、すんなりと終わる生徒が多い。

 5つ目の障害物のぐるぐるバットは……「あなた本当に10回回ったんですか」と言いたくなるほどに普通に走ってゴールする生徒もいれば、中学時代の俺のように何度もコケてようやくゴールする生徒もいた。ここで逆転劇が発生するレースも。


「ラケットボール乗せと、最後のぐるぐるバットが勝負のカギになりそうですね、明斗さん」

「そうだな。その2つで苦戦して、順位が変わるレースがあるし」


 特にぐるぐるバットはね! 清水さんがあそこで気分が悪くならないことを祈る。


「おっ、美羽が出てきたぞ!」


 スタート地点を見ると、そこには清水さんの姿が。


「美羽! 頑張れよ!」

「頑張って、美羽!」

「美羽さん! 頑張ってくださーい!」

「清水さん、頑張って!」


 俺達がそんな声援を送ると、聞こえたのか清水さんはこちらを向いて元気よく手を振ってきた。そのことに和男は「可愛いぞー!」と喜んでいる。その気持ちよく分かるよ、和男。

 スタート地点に立った生徒はスタンディングスタートの構えをして、

 ――パンッ!

 号砲が鳴り、レースがスタートした。

 清水さんは3、4番目くらいで最初の障害物の平均台に到着。

 一部の生徒が慎重になって歩く中、清水さんはスタスタと歩き、2位で平均台を通過していく。

 少し走り、2つ目の障害物の網くぐりに2番目に到着。

 先頭で網にくぐり始めた生徒が途中で網に引っかかってしまう中、清水さんは小柄な体格を活かして、網をテンポ良くくぐっていく。このことで逆転し、トップで網くぐりを突破する。


「いいぞ、美羽!」

「その調子で頑張りなさい!」


 網くぐりの逆転で興奮したのか、和男と火村さんは大きな声で声援を送っている。

 清水さんは3つ目の障害物のラケットボール乗せに到着。彼女はテニスボールを乗せたラケットを持ち、網くぐりでの勢いをそのままに早足でスタートする。


「あっ」


 勢いがありすぎたのか、数歩走ったところで、清水さんはボールを落としてしまう。その間に、後からボール乗せをスタートした生徒に抜かれていく。

 清水さんはボールを乗せて再び走り出すが……すぐに落としてしまう。その間に、後から来た生徒にまた抜かれる。


「美羽! ゆっくりでいいから、落ち着いて運ぶんだ!」


 和男はその場で立ち上がり、ドデカい声で清水さんに向かってそう言った。


「和男の言う通りだ! まだ障害物は2つ残ってる!」

「逆転のチャンスはまだまだありますよ!」

「今は他の生徒よりも、ボールを運ぶことに集中しなさい!」


 俺達も大きな声で言うと、清水さんはチラッとこちらを向いて、しっかり頷いた。

 清水さんはラケットボール乗せを再開。

 ゆっくり運んだこともあって、それからは一度も落とさずにボール乗せのゴールまで運ぶことができた。4位で通過する。

 その後、清水さんは順位が変わらず4つ目の障害物・なわとび10回に到着。

 なわとびは得意なのか、清水さんは一度も引っかからずに10回跳ぶことに成功。ただ、他の生徒も調子がいいのもあって、順位は変わらず4位。

 そして、清水さんは最後のぐるぐるバットに4位で到着。実体験もあるけど、ここで順位が逆転する可能性は高い。清水さんも頑張ってほしい!

 清水さんはバットの周りを10回回っていく。

 その間に、先に10回回り終わった生徒達がゴールに向かって走り出すが……一部の生徒達はよろけて転んでいる。


『ゴール! 赤チームの生徒が1位でゴールしました!』


 1位は決まってしまったか。

 でも、清水さんの前にいる2人の生徒は大苦戦中。2位を取れるかもしれない!

 清水さんは10回回り終わって、ゴールに向かって走り出す。

 それまでほどの速さではないけど、清水さんはよろけることなく安定した走りを披露。何度も転んでいる2人の生徒を抜いて、2位でゴールした。


『2位は青チームの生徒です! 平衡感覚を失った生徒達の横を走り、逆転して2位でゴールしました!』


「おっしゃあっ! やったぜえっ!」


 和男は右手を突き上げて喜びの雄叫びを上げると、俺の背中をバシバシと何度も強く叩く。


「やったな、和男!」

「おう!」


 和男は俺に白い歯を見せ、右手でサムズアップする。彼氏として、清水さんが2位でゴールできたことがとても嬉しかったのだと分かる。

 グラウンドを見ると、清水さんは走り終わった走者が集まっている場所へと向かうところだった。


「美羽、2位おめでとう! よく頑張った!」

「2位おめでとう! 清水さん!」

「おめでとうございます、美羽さん!」

「逆転して立派な2位よ!」


 俺達4人がそんな祝福の言葉を贈ると、清水さんはこちらに振り向いて、可愛らしい笑顔でピースサインをした。


「ありがとう!」


 と言い、俺達に向かって大きく手を振り、清水さんは2位の選手が並ぶところへと向かった。

 その後、女子の障害物競走が終わり、清水さんは障害物競走に出場していた女子生徒達と一緒に戻ってきた。


「ただいま!」

「おかえり! いい走りだったぞ、美羽!」

「ありがとう! ボール運びで2回落としちゃったけど、和男君達の言葉のおかげで何とか乗り越えられたよ! みんなありがとう!」


 清水さんはお礼を言うと、和男のことをぎゅっと抱きしめ、和男の胸の中に顔を埋める。

 和男は優しい笑顔を見せ、清水さんの背中をポンポンと優しく叩いた。氷織と火村さんも清水さんの頭を撫でていて。

 ボール運びで2度失敗したとき、和男が「ゆっくりでいい。落ち着いて」とすぐにアドバイスした。それが清水さんの2位に繋がるきっかけだったと思う。2人で掴んだ2位だと俺は思うのであった。

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