第27話『体育祭④-借り物競走-』

 それからも、体育祭は滞りなく進んでいく。

 騎馬戦や綱引きなど、出場する生徒全員で一緒に闘う種目は、応援の立場でも結構盛り上がる。和男や清水さん、火村さんはもちろんのこと、氷織も「頑張ってくださーい!」と大きな声で応援していた。高橋先生もブルーシートにやってきて。

 青チームは上位に入ることも多いけど、現在は黄色チームに次ぐ2位。ただ、1位の黄色から3位の緑色まではそこまで得点に差は開いていない。また、4位の赤チームが少しずつ追い上げてきている。まだ午前中なので、今後どうなるかは分からないな。


『ここで招集の連絡です。借り物競走に出場する生徒のみなさんは、本部テント横の出場者集合場所に来てください。繰り返します。借り物競走に――』


 おっ、借り物競走に出る生徒の招集がかかったか。俺はゆっくりと立ち上がる。


「じゃあ、行ってくるよ」

「いってらっしゃい、明斗さん。頑張ってください!」

「頑張りなさい、紙透。あたしは赤いタオル、麦茶の入った水筒とかを持ってるから」

「先生も協力するよ~」

「みんなが持っていそうなものをお題で引いたら、真っ先にここに来ますね」


 そういった簡単なお題を引けるといいな。競走なので、順位によってチームの得点に加算されるけど、借り物競走を楽しみたい。


「頑張れよ、アキ!」

「いってらっしゃい、紙透君」

「ああ、行ってくるよ」


 氷織達に手を振り、借り物競走に出るクラスメイトと一緒に、競技参加者の集合場所へ向かう。

 二人三脚のときと同じように、係の生徒に呼ばれた生徒から並んでいく。呼ばれる名前と並ぶ生徒からして、借り物競走は女子から始めるようだ。

 女子生徒が全て呼ばれた後、男子生徒の名前が呼ばれる。俺は男子の第4レースの選手として名前が呼ばれた。また、今までの徒競走系の種目と同様に、1レース6人で争うようだ。

 前の競技が終わったのだろうか。トラックの途中に長テーブルが置かれる。そのテーブルには立方体の白い箱が6つ。おそらく、あの箱の中にお題が書かれた紙が入っているのだろう。


『さて、次の種目は借り物競走です! 選手のみなさんは、白い箱からお題の入った紙を1枚引いてください。お題に書かれている物を持って、あるいは書かれている人を連れて、テーブルのところに立っている係の生徒のところまで行ってください。もし、見つからない場合はギブアップと伝えてください』


 係となっている女子生徒は大きく手を振っている。

 あと、物だけじゃなくて、人のお題もあるのか。もし人なら『借り者競走』になるってことか。


『会場にいるみなさんも、是非ご協力お願いします』


 見ている人も参加する可能性があるというのは、会場全体が盛り上がっていいんじゃないだろうか。


『それでは、借り物競走……女子からのスタートです!』


 そして、借り物競走が始まる。

 競技の様子を見ていると、物を持ってくるのはもちろん、人を連れてくる選手もちらほらいるな。人関連のお題はそれなりに入っているのかもしれない。

 また、判定する生徒がお題を読み上げ、正誤判定をする。人関連のお題を読み上げられたときは、会場が結構盛り上がる。中には『理系科目を教えている先生』『運動系部活の顧問をしている先生』といった、教師が連れて行かされる場面もあり、そのときには笑いも起こる。『競走』の名はついているけど、バラエティ感の強めな雰囲気だ。

 見ていて結構面白いので、あっという間に自分のレースがやってきた。


「明斗さん、頑張ってくださーい!」

「引いたらこっちに来なさい! みんな紙透に貸す準備ができているわ!」

「いいのが引けるといいな、アキ!」

「頑張って、紙透君!」


 氷織達がそんな声援を送ってくれるので、俺はクラスメイト達がいる方に両手を振る。どんなお題が来るか楽しみだな。


「位置について。よーい……」

 ――パンッ!


 号砲が鳴り、俺は箱が置かれているテーブルへ向かう。

 最初に辿り着き、俺はお題の白い箱に右手を突っ込む。……この感触からして、まだまだお題の紙はたくさん入っているな。

 箱から紙を1枚取り出し、四つ折りにされた紙を開く。すると、そこには、


『あなたにとって大事な存在 (恋人でも親友でも友人でも家族でもノラ猫でもOK)』


 なかなか凄いお題が来たな。今まで、人関連の話題は『身長180m以上の人』とか『リレー種目に出場する予定の人』とか『サッカー部の人』といったものだったのに。あと、ノラ猫でもOKって何だ。それが一番連れてくるのが難しいだろう。

 ただ、氷織っていうとても大切な恋人がいる俺にとってはラッキーなお題だ。俺は全速力で2年2組のみんながいるブルーシートへ。


「明斗さん!」

「紙透来たわね! さあ、あなたは何を持っていきたいのかしら?」

「それとも先生かな~?」

「……氷織です。俺と一緒に係の生徒のところへ来てくれないか!」

「もちろんですっ!」


 氷織は嬉しそうに返事してくれた。


「氷織と一緒にいってらっしゃい!」

「氷織ちゃん! シューズだよ!」

「ありがとうございます、美羽さん!」


 清水さんが持ってきてくれたシューズを氷織が履いたのを確認し、俺は氷織の手を引いて係の生徒のところに向かって走り出す。

 今のところ、他の選手はまだお題の物や人探しをしている。でも、いつ見つかるか分からないし、選手の中には物凄く足の速い生徒がいるかもしれない。俺達は結構速いスピードで走る。

 また、氷織絡みのお題が引かれたと分かってか、借り物競走が始まってから一番といっていいほどに会場が盛り上がっている。


「まさか、明斗さんと手を繋いで一緒に走れるとは思いませんでした。人関連のお題があるのが分かっていましたが」

「俺もだよ。氷織を連れてこられるお題を引けて嬉しいよ」


 俺がそう言うと、氷織はとても嬉しそうな笑顔を見せてくれた。

 物を持ち、こちらに向かって走り出す生徒はいたが、俺は最初に係の女子生徒のところに到着することができた。


『最初の選手が到着しました! 青チームです。女子生徒を連れてきています! どのようなお題なのでしょうか!』


 放送委員の男子による実況もあって、会場はさらに盛り上がる。

 俺は係の女子生徒にお題を書かれた紙を渡す。

 係の女子生徒はお題を見ると「へぇ~」と声を漏らし、楽しそうに笑う。


「書かれたお題は……『あなたにとって大切な存在』です!」

『おぉ~!』


 男女ともに会場から大きな声が上がる。人関連のお題でも、こういう類のお題はなかったからなぁ。


「お題には『恋人でも親友でも友人でも家族でもノラ猫でもOK』と書かれていますが、そちらの女子生徒はあなたとはどういう関係でしょう? この2人は有名ですから、関係性を知っている人は結構いると思いますが」

「……恋人です」


 俺がマイクに向かってそう言うと、再び『おぉっ!』という声が。


「恋人ですか。では、連れてきた女子生徒さんにも確認しますね。こちらの男子生徒はあなたの恋人ですか?」


 係の女子生徒がそう問いかけ、氷織にマイクを向ける。

 氷織はいつもの可愛らしい笑顔になり、一度首肯して、


「はい。こちらの男性とお付き合いしています。大好きな恋人です」

 ――ちゅっ。


 しっかりとした口調でそう言い、俺の左頬にキスしてきた。

 キスの際の『ちゅっ』という音をマイクが拾ったこともあってか、『おおっ!』という男子の野太い声や『きゃーっ!』という女子の黄色い声が湧き上がる。

 当の本人である氷織は依然として可愛らしい笑顔だ。ただ、その笑顔はほんのりと赤みを帯びていた。

 頬とはいえ、注目される場での不意打ちのキスだったので、俺は結構ドキドキしている。キスされた左頬中心に顔が熱くなっている。きっと、俺の顔は氷織以上に赤みが強いんだろうな。


「あたしも2人の関係性は知っていましたが、まさか目の前でキスするとは! 疑いようがありませんね! もちろんOKです!」

『1位は凄くドキドキするお題を引き当てた青チームの生徒になりました!』


 良かった、OKになったか。あと、係の女子生徒や実況の言葉もあり、会場からパチパチと拍手が。何だか、俺達が付き合っていることに拍手されている気分だ。

 別の係の男子生徒により、俺と氷織は一緒に1着の場所へ案内される。その際、うちのクラスの方を見ると、火村さん、葉月さん、和男、清水さんが拍手を送っていた。


「最高のお題を引き当てたわね、紙透!」

「ひおりんも良かったッスね!」

「1位おめでとう、アキ!」

「紙透君引き強いね!」

「先生、キュンキュンしちゃった~! 青春ね~!」


 といった声を掛けられた。俺は氷織と一緒にクラスメイト達に向かって大きく手を振る。手を振った瞬間、火村さんがスマホで写真に撮っていた。

 1位の生徒が並ぶ列に到着し、俺と氷織はそこの最後尾に並んだ。


「みなさんの言う通り、明斗さんは凄いお題を引いてくれましたね」

「ラッキーだと思ったよ。俺には氷織がいるから」

「ふふっ、ありがとうございます。体育祭の素敵な思い出が一つ増えました」

「俺もだよ。あのお題を書いてくれた人に感謝だね」

「そうですねっ」


 もし、借り物競走でMVPをあげられるとしたら、個人的にはその人に決定だ。

 それから、男子の借り物競走をしている間はもちろんのこと、退場してブルーシートに戻るまでの間も俺は氷織とずっと手を繋ぐ。

 うちのクラスのブルーシートに戻ると、引いたお題や氷織のキスもあってか、「凄いのを引いたな」とか「運が良すぎるぜ」とか「まさか、あの場で紙透君にキスするなんて! ドキドキしちゃった!」といった言葉を掛けられた。借り物競走が終わっても、うちのクラスは盛り上がっている。


「お題もあって、青山の手を引くアキの後ろ姿が滅茶苦茶かっこよかったぜ!」

「氷織ちゃんを連れて行くところから『OKです!』って言われるところまで、全てが良かったよね」

「その一部始終は、あたしがスマホで撮影したわ。氷織が正解なお題だから、何か凄いことになると思ってね。その動画と、あたし達に手を振ってくれたときの写真を2人に送っておくから」

「ありがとうございます、恭子さん!」

「ありがとう」


 このサプライズな出来事を動画と写真に収めてくれた火村さんに感謝だ。送ってもらったら、たっぷりと楽しもう。


「あと、葉月さんはここに来てくれたんだ」

「自分のクラスのところにいたッスけど、ひおりんが紙透君に連れて行かれる様子を見たッスから。ヒム子達と一緒に見たくなってこっちに来たッス。いやぁ、敵ッスけど、いいものを見させてもらったッス!」


 葉月さんは俺達に向かって拍手を送ってくれる。それにつられてか、火村さんと和男と清水さんも拍手してくれて。

 とてもいい意味で予想外の借り物競走になったな。借り物競走を選んで本当に良かったと思うのであった。

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