第1話
ドドドドドドド ドドドドドドド
廃墟と化したビル群を通り抜け、劣化したアスファルトがひび割れた道を一台のオフロードトラックが走っている。
荷台に積まれたコンテナには『God is dead.』と書かれいて、最早その意味を知る者は居ない都市を掻き分けるかの如く突き進む。
「はぁーあ。で、後どんぐらいなの? いい加減お尻が痛くて嫌になってきたんですけど?」
道を跳ねながら進むトラックの後部座席で、様々な機械に囲まれた少女がぼやく。
少女の歳の頃は13〜15歳。体格は小柄。服装は軽量の装甲服でヘルメットやマスクはしておらず、ふわっとした髪質の銀髪を無作為後ろで縛っていて、見た目の年齢に見合わない人生に疲れた投げやりな目付きで窓の外を見ている。
『情報があった場所はそろそろのはずだ奈々子君。それに、君のお尻は常に柔らかいから大丈夫じゃないか』
奈々子と呼ばれた少女の言葉に、運転席に座る大柄の装甲服を着た者が応える。
こちらは丈夫なヘルメットを被っているので顔が分からないが、スピーカー越しの声質から男性というのが分かる。
「だーかーら、本名じゃなくてセブンって呼べって言ってるでしょうが。あんたも正式名称で呼ばれたくないでしょ?」
『ははは、すまない奈々子君。自分は嘘が付けない体質なのでね』
「……嘘とかそういう問題じゃないでしょうに」
セブンはそう言い、もう何度か分からないやり取りに対して溜め息を吐き、窓の外の変わらないガレキ群を眺める。
二人が目指しているのは街から離れた前時代の遺跡群の奥地。
政府による調査が入らない地域なので
現在では既に目ぼしい物は粗方漁られているので、わざわざ危険を冒してまで行くにしてはリターンが少ないという事で殆どの上級
稀に彼らが手付かずで隠されていた地下シェルター等を見つける事があったりするのだが、元オフィス街だった場所の地下シェルターなので大抵は保存食か携帯用の寝具が見つかるのみであり、前ほどのお宝遺物は見付からないというのが現状だ。
そんなリターンの少ない遺跡群なのにも関わらず、ここ数か月の間に二つの
一つは
どちらも上級では無いが低級でもないという微妙な位置付けの
最も、正確には受諾をしたのは運転席の男のみで、セブンは男から同行を頼まれただけに過ぎない。正直言えばセブンとしてはこんな危険な仕事に付き合いたくは無いのだが、勤務先の店長に『この間あんたが壊した遺物の件をチャラにするから行ってこい』と言われたので嫌々同行しているのだ。
それからも暫くオフロードトラックは崩壊した道を進み、いい加減お尻の感覚が無くなって来たセブンが再度目的地へはまだなのかを問おうとした時、男が前方の異変に気付いた。
『奈々子君、しっかり捕まっていたまえ!』
「へ? いきなりなっ…」
『
先程も述べた通りこの遺跡群には
基本的にはこの二人の様にビル群に入らずに道路の真ん中を移動していれば危険はそれほど無い場所なので、道の先に
『行くぞ! このまま体当たりだ!!』
「ちょっ、待っ!! あんたはよくても私は生身!!!」
『フルスロットルだ! ハッハー!!』
ドドッ ドドッ ドドドドドドドドドド
運転席の男はセブンの抗議に聞く耳を持たず、軽快な掛け声と共にオフロードトラックを加速させるのだった。
「はっ、はっ、はっ、はっ…」
一つの小さな人影が、廃墟と化した街を走る。
ぼろの布切れを繋ぎ合わせただけの服とも呼べない代物で体を隠し、頭には体躯の小ささには不釣り合いな大きなヘルメットを被っている。
手には細長い筒状の布袋を大事そうに抱えていて、その荷物のせいか何度もバランスを崩しながらも懸命に迫る脅威から逃げている。
「どうして…いつもはいないのに…」
逃走者は必死に物陰に隠れ、周囲を見渡して安全を確認してからそう呟く。
だが、疑問を口にするもその問いに応えてくれる相手は存在せず、後方から自分を探しているだろう足音が聞こえるのみだ。
ドシン ドシン ドシン
重量感のある足音は廃墟の中でもよく響き、追跡者はゆっくりとだが確実に隠れている場所に近づいて来るのが分かる。
まだ隠れている場所がバレていないのならば飛び出せば逃げる事も可能かもしれないが、もしも隠れている事がバレているのなら飛び出た瞬間にやられてしまうかもしれない。
追われている身では正常な思考が出来ず、どちらを選んでも失敗の様な気がしてならない。その為、『どちらも選ぶことが出来ない』という思考停止によって徐々に迫る脅威を待つという状況を作り出してしまって居る。
いっその事隠れずにそのまま逃げてしまえば良かったのかもしれないが、それはもう後の祭りであり、こんなことは初めてだと言うのに昔から同じ様な失敗をしてばかりだという気がしてならない。
これならもっと慎重に行動するんだった。もっと安全な方法を選ぶべきだった。どうしてこんな事をしてしまったたのか。どうして私はいつもこうなのか。停止した思考は現実逃避を始め、重い足音が直ぐ背後にまで迫ってきてしまっている事に漸く気付く。
「こないで…助けて……神さま……」
逃亡者は迫り来る恐怖に耐えかねへたりこんでしまい、弱々しく神という言葉を口にした。
村のシスターが毎日の”お勤め”の際に『神様は人を助けて下さる』と言っていたのを思い出し、この絶望的な状況に救いを齎す為、神への祈りを捧げているのだ。
ズシン ズシン ヴィィィィ
しかし、その祈りの言葉によって居場所がバレてしまったのか、重い足音が停止して低音の唸り声を発する。
逃亡者は知っている。
この音はあの追ってきている物が獲物に攻撃をする前に出す音で、それはこの遮蔽物ごと自分をバラバラにしてしまうだろう事を。
「い、いやぁ…死にたくない……神さま……神さまぁ……」
逃亡者は頭をかかえ、目を瞑り、外界を遮断する事で迫りくる恐怖を無き物としようとする。
だが、そんな逃避は現実には通用しない。
ヴィィィィィン ヴィィィィィン ヴィィィィイィィィィィィン
遮蔽物の向こうの低音は徐々に大きくなり、今にも追跡者の攻撃はその身に降り掛かろうとしている。
「神さま……たすけて!!」
既に祈りではなく悲鳴となって神という言葉を叫ぶ逃亡者。
その声は一際大きく廃墟に響き渡り、その場所に逃亡者が隠れている事を周囲に知らせる印となる。
追跡者はその悲鳴を元に狙いを定め、今まさに獲物を狩る体制に入り…
ドドドドドドドドド
『その願い! 聞き届けた!!ハッハー! ライディングアロー!!』
ドゴォォォォン!!!!!
突如飛来したスピーカー越しの男性の掛け声と共に、激しい衝突音が聞こえた。
「きゃっ!?」
逃亡者はその音と衝撃に驚き、思わず遮蔽物から音のした方へと首を伸ばして見下ろす。
『ほう、ライディングアローを受けてもまだ立ち上がるか。良かろう、直接手を下してくれる!!』
そこに居るのはふっとばされた追跡者と、今はもう失われた文字で『God is dead.』とコンテナに書かれているオフロードトラック。
『そこの可愛らしいお嬢さん、暫く隠れていなさい。今からこいつを静かにさせる』
そして、コンテナの上で仁王立ちし、脇にぐったりとしている少女を抱えた大柄の装甲服の男。
「神…さま……?」
装甲服に掛けられたマントをはためかせ、自分の窮地に助けに現れた何者か。
その姿は舞おこる砂埃の中で神々しく写り、シスターが語っていた『神様』を彷彿させる存在に見えた。
「え、こいつが神様で私が女神様? アッハハ、サンちゃんウケる。ナイスジョークだわ。うぷぷ」
『奈々子君…それは失礼だろう……』
「違うの……ですか?」
「セブンだっつの!!」
オフロードトラックのコンテナの上に、セブンの叫び声が響き渡る。
先程の
そして、サンが自分を助けてくれた二人を神様と女神様だと思ったと発言したので、セブンが笑い声を挙げたのだ。
「こいつがそんな大層な存在だったら確かに私も女神様かもしれないけど、こいつはただのお節介焼きのバカよ。バカ」
『なにを言うんだ! 遺物の査定中にうっかりで自分の腹を吹き飛ばした君の方がバカじゃないか!』
「はー? あれは違法改造されている物だったからですー。普通ならあんな事になりませんー」
「あ、あの…ケンカは……」
自己紹介の最中で喧嘩を始めた二人を見て、どうしたらいいのかとあたふたするサン。
神様や女神様でなくとも、サンにとって二人は命の恩人である。(セブンは何もしていないが)その二人が喧嘩を始めてはサンにはどちらかに加担する事も諫める事も出来ないので、とりあえず話題を元に戻す為に質問をする。
「あの…、それではなんとお呼びしたら…」
『そうだね、お嬢さん。自分の事は始まりの0という意味を込めてアルファ・ゼロと…』
「こんな奴、単なる『デカイ奴』でいいわよ。そんな大層な名前はいらないわ」
サンに名前を聞かれた大柄な男が右手の親指を自分に向けるポーズを取りながら名乗りを上げるのを、即座にインターセプトするセブン。
男はそれを聞いて親指を下に向けて不満の意思表示をするが、そんな物はセブンには伝わらない。
『大層って…。まあ、確かにそうかもしれないが』
「では、『デカイさん』でいいですか?」
「お、いいわね。今日からあんたは『デカイ』よ。良かったわね、デカイ」
『……まあ、その方が呼びやすそうなのは確かだ。受け入れよう』
こうして自己紹介が終わり、三人はコンテナに座ったままサンの案内で村へと向かい始めた。
この廃墟群の中に村があるという話は二人とも聞いた事が無いが、もしも本当にあるのならば消失した
「それにしても、花ねぇ…」
言いたい事を言ってスッキリとしたセブンが、サンの抱えた包みを見ながら訝しむように呟く。
「どうしました?」
「いーえ、その花を使う儀式がどんな物かちょっと気になっただけよ。村の中に同じ物は無かったりするのかしら?」
「ええ、村もここと同じ様に緑に囲まれてるのですけど、こういうお花は無いんです」
サンはそう言うと、抱えていた包みを揺すって持ち直した。
そして、表情は分からないが恐らく微笑んでいるだろう素振りで自慢げに村の事を話す。
「へぇ、緑ねぇ。私には茶色に見えるけど」
『それは認識の違いだな。実際には緑であっても黒板や青信号と言うだろう?』
「まあ、そういう事にしておきましょうか」
「こくばんやあおしんごうってなんですか?」
「ジェネレーションギャップ出たわね……昔、そういう物があった時代があったのよ」
「前時代のことですか? シスターがよくお話してくださるので興味があります!」
『前時代に詳しい方がいらっしゃるのか! それは是非ともお会いしたい!』
コンテナの上では村の事から前時代の文化の話に移った話題で持ちきりとなり、三人は自動運転に切り替えたオフロードトラックの安全運転に揺られながらサンの言う村へと向かうのだった。
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