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松永は思い出した。
より刺激的に楽しむ為に三郎を縄で縛り上げ、信長に献上した類いの品で責め抜いた時の事を。
「何故儂に申さなかった? 」
罪を咎めるような口振りでいながら、怒りとは異なる雄の欲情で顔が火照っていた。
「御許し下さいませ。恥ずかしさで……」
「嘘を申すな!見られていると知り益々興奮したのであろう?浅ましい──そなたをたっぷりと仕置きせねばなるまいぞ! 」
非情な言葉に三郎は肩を震わせ必死に訴えた。
「私は身も心も殿だけの物にございます。それを今、証明したいと存じまする」
そう言うと帯を解き小袖も下帯すらも脱ぎ捨て、一糸纏わぬ姿になる。
松永の目は細められたが、代わりに鼻の穴は大きく脹らみ生唾をごくりと飲み込んだ。
「良いのじゃな。御許しをとすすり泣いても手を緩めたりはせぬぞ」
棚の引き出しから黒漆塗りの箱を持ち出し中を開くと、縄と様々な性具が入っていた。
縄を選び取り、ぎゅっと両手で掴み三郎に近寄る。
哀願めいて眉根を寄せる顔は恍惚として、期待と欲情に溢れていた。
従順に横たわる白肌に慣れた手付きで縄を掛けていく。
美しい裸体を淫らに魅せる縛り方である。
密やかな部分が拡げられ、全て露にされてしまう。
心も裸にすべく、松永は性具を用いて三郎を散々に責め抜いた。
───
朝陽が射し込み、ヒヨドリや雀達の愛らしい鳴き声で乱法師は目覚めた。
武藤三郎のおかげで、昨夜は直ぐに深い眠りに落ち、悪夢に
昨日の出来事こそが夢だったのではと思える程爽快な気分で、身体を起こして軽く伸びをする。
台所では朝飯の準備中らしく、白味噌の香りに若い胃袋がきゅるると鳴った。
白い寝衣姿の儘庭に下り井戸に向かう。
井戸は湯殿の近くにある為、昨夜の事が甦り身震いした。
しかし薄暗がりで見た光景を、爽やかな早朝の今思い浮かべてみたところで、まるで猿芝居のようで現実味がない。
明るい陽光が恐怖を和らげ、湯殿をもう一度調べて見ようという探求心に突き動かされた。
「確かに見たのじゃ!この目ではっきりと。三郎達が駆け付けた時には、すっかり湯の色は元に戻っていた。長虫(蛇の異称)のような化け物の姿も忽然と消えていた」
見た目からして人外である事は確か。
「何か残っているやも知れぬ」
先ず湯殿の周りの地面を探索してみる事にした。
邸の庭には様々な木が植えられているが、柿の木の下に何か落ちているのを発見し目を凝らすと、ただの蝉の脱け殻と分かり肩を落とす。
それは大きく茶色で、油蝉の物であった。
まだ十歳にも満たない頃は、年子の弟達の坊丸や力丸、末弟の仙千代と脱け殻を拾い集めて数や種類を競ったものだ。
故に脱け殻を見ただけで蝉の種類や、雄か雌かも判別出来た。
つい幼な心に返り、脱け殻拾いに熱中してしまう。
当初の目的をすっかり忘れて十匹分くらい集めてみると、泥だらけのニイニイ蝉が多く、雄の脱け殻ばかりであった。
「雌はまだあまり羽化しておらぬようじゃの。ああ、こんな事をしている場合ではなかった」
漸く目的を思い出し、化け物の痕跡探しを再開する。
特別目を惹く物は見当たらなかったが、何か大きな物を引き摺ったような跡に目が留まった。
さして重要な事には思えなかったが、その跡は湯殿まで続き格子窓の下で途切れていた。
「桶を引き摺ったのであろうか?だが、桶ならば入り口まで跡は続いている筈じゃが」
昨夜は無防備なところを狙われ探求する余裕とて無かったが、こうして庭を探索すると色々な発見があるものだと心が弾む。
所詮乱法師の推理は推理を楽しむ為の児戯に過ぎず、精々蝉の脱け殻の種類と引き摺った跡について推理したぐらいであったのだが──
湯殿の入り口を開けて中に入る。
やはり、大きな桶が空間の殆んどを占め、洗い場が少しあるばかりの殺風景な眺めであった。
木の床を見回し何も落ちていない事を一瞬で確認すると、後は湯桶を覗き込むくらいしかする事は無い。
仕方なく彼は再び桶の中を覗き込んだ。
乱法師が座って首の辺りまでの深さがある。
残り湯はその儘で、勿体ないから洗濯や水遣りにでも使うのだろう。
幾ら観察しても、湯の色は無色透明である。
「ん?あれは? 」
桶の底に小さな光る何かを認めた。
袖が濡れないように捲り、身を乗り出しそれを摘まもうとした途端、足裏が滑って頭から湯の中に突っ込んでしまった。
「うぅ何という事じゃ……」
髪の毛や袖、肩の辺りまでぐっしょり濡れてしまい、やや情け無い姿であったが目当ての物はしっかり指で摘まんでいた。
始めは湯垢か何かに思えたそれは、目を近付けると、白く虹色に輝く鱗に見えた。
「これならば昨夜、見落としたのも無理は無い。何かの鱗か? 」
暫く観察した後、格子窓に目を移す。
拾った小さな鱗を桶の縁に置き、足を掛け桶を跨ぎ踏み台として立つと、格子窓から外を覗いた。
やはり格子の間は極端に狭く、細身の乱法師ですら通り抜けるのは無理そうであった。
しかし諦めきれず、桶を跨いだ儘思考を巡らす。
「小さな男でも子供でも無理。それは骨、頭が通り抜けられる広さが無いからじゃ。なれど昨夜見た化け物は──」
全身像を隈無く思い出そうとするが、紅い目と耳まで裂けた大きな口という強烈な印象に邪魔されてしまう。
それと悍ましく膨らんだ二本の男根。
額に汗を滲ませ掘り起こした記憶により、手足は付いておらず、蜥蜴よりも蛇に近い外見であったという結論に達した。
「頭は確かに小さかったが、この隙間を通れる程に胴は細くはなかったように思う。もし蛇と考えるならば、とんでも無い太さの大蛇であろう」
起床時の爽快感は消え失せ、化け物の正体に迫るに連れて、原始的な恐怖に心が支配されてしまう。
「乱法師様!こんな所で一体何を──」
「あっっ! 」
湯殿の掃除にやって来た下男が、風呂桶の上に仁王立ちした乱法師の姿を見て驚かない筈は無かった。
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