3
乱法師が上手く二人を納得させられないのは記憶を操作されているからでもある。
せめて心話の内容を明らかに出来たなら、今少し状況を理解して貰えたのかもしれない。
ただ彼自身が、果心にせよ化け物にせよ、何故己に対して異常な執着を見せるのか心当たりが全く無く、一番混乱していた。
「乱法師様、お疲れでございましょう。今日はもう休まれた方が宜しいかと存じまする」
「儂は幻覚を見たのではない!断じて──真に真に見たのじゃ!信じてくれ!」
三郎の労りの言葉が、疲労により幻覚を見たのではと憐れまれているように感じ強く反論する。
「分かっておりまする。露程も疑っておりませぬ。ただ少し状況を整理する時間が必要かと。疲れていては冷静な判断は出来ませぬ。明日出仕なされ、果心居士が真に死んだのか知る必要がございましょう。お休み下さいませ。私が不寝番致しまする。」
涙目で訴える年若い主を優しい声で宥める。
信じてくれた事も嬉しかったが、何よりも心強かったのは不寝番をすると申し出てくれた事だった。
本当は何もかも訳が分からず怖くて怖くて仕方無かったからだ。
不寝番と言うより御守りだった
乱法師が寝付くまで側に付き添い手を握り、楽しい話しをした。
暫くして安らかな寝息を立て始めるのを見届けると、三郎は部屋の外に出た。
「蛇、か」
腕香の男が呼び出した蛇。
三郎と乱法師の見た都での光景は、幻術であるが故にそれぞれ異なっていた。
見る者の願望や不安が反映されてしまうからだろう。
「腕香を見てから時折ぼうっとされたり頭痛や具合の悪さを訴えられるようになった。何か良くない魔に魅入られ取り憑かれたのやも……」
三郎や藤兵衛が果心居士を信長の御殿で目にしていたら、腕香の男と気付いただろう。
明日になったら乱法師に相談して、伴家の者に腕香の男の素性を探らせようと考えた。
───
「殿!何やら安土で騒動があったようにございまする。先程、伊賀者より知らせが」
「良い知らせか悪い知らせか」
大和の国の信貴山城である。
稲妻が白く光り、遅れて轟音が鳴り響いたので弓削三郎は僅かに眉を顰めた。
松永久秀は若衆の弓削三郎の膝枕で、耳掻きをさせていたところだった。
小姓の知らせにむくりと頭を持ち上げる。
「それが……その、良いとも悪いとも判断出来かねます内容にて……」
小姓は返答に苦しんだ。
「では内容を早く申せ! 」
「はっ!先日、筒井順慶殿が──」
小姓はちらっと三郎に目を向けたが、二人の関係を知っているので構わず話しを続けた。
「それは真か? 」
小姓の報告を聞き終えると信じられないという面持ちになる。
果心居士が斬られたなど信じられない。
「はい、事情は分かりませぬが真のようでございます。相手は上様の御馬廻り衆の荒木と申す者らしく、行方を眩ましているとかで……聞き込みや捜索で家臣達が動いたのでございます。その動きを、こちらの伊賀者が察知した次第でございます」
「あの果心が死んだのか。あの者が容易く斬り殺されるとは」
「生死まではまだ分からぬようでございました。深手を負っているだけやも知れませぬ」
稲光りが障子を通し部屋の中の者達の顔を照らす。
とうとう激しい雨が降り始めたのか、ザーっと音が聞こえてきた。
「引き続き探らせよ。無論、順慶の動向も合わせてじゃ! 」
「はっ! 」
小姓が下がると弓削三郎が口を開いた。
「果心は何故安土に参ったのでしょうか? 」
「恐らく順慶の差し金であろう。果心の面白い幻術を上様への手土産にしたのだろうて。だが裏目に出たようじゃな」
「上様の御機嫌を損ね、御馬廻り衆にばっさり?あの気性では有り得まする」
「ふふっふ、そなたも果心の事を好いておらなんだのか。少しは悲しんでやるが良い。理由は分からぬが、上様の御気色が悪うなられて……というのは大いにありそうじゃが。それより順慶の心中如何ばかりかと思うとな。くっくく、青褪めておるであろうな」
「順慶殿が間に立たれ、幻術を披露する運びとなったが機嫌を損ねる失態を犯したとなれば、御立場は確かにございませぬな」
「うむ。ただ解せぬのは、上様の御下命で斬ったならば何故行方を眩ましているのかじゃ」
「個人的な
「死人に口無しじゃな。喧嘩両成敗とて片方が死んでおるなら生きている方の言葉を信じる他無い。果心の非を
「はい、上様とて会ったばかりの卑しい男よりも御馬廻り衆の言葉を御信じになられるでしょう。死んだ者の罪は生きている者が肩代わりする他ございませぬ。つまり──」
弓削三郎は一度伏せた睫毛を上げると艶かしい流し目を送った。
松永は三郎の肩を抱き、細い顎を指で掴んで唇が重なる程に顔を近付ける。
「それにしても何故そなたは果心を嫌う?哀れな男じゃ。身寄りも無い。もし死んで引取り手が無くば儂が弔ってやる事にしようと思っておるが。嫌か? 」
懇願の体で問われ、益々色香を放つ潤んだ瞳を松永に向けたが、直ぐに睫毛を伏せ躊躇いがちに心の内を洩らした。
「何と御優しい御方……殿の御気の済むように弔ってあげて下さいませ。恥ずかしゅうございまする。殿の器の大きさに比べ、何と己は小さい人間か。死者に鞭打つような事は申したくありませぬ。なれど……」
「何じゃ?申せ!怒ったりはせぬ」
三郎は一呼吸おいて俯いた儘呟くように言った。
「殿と私の閨で睦み合っている様子を盗み見ていたのです。気付いておいででございましたか? 」
「何じゃと?!毎回か? 」
松永は目を剥き鼻息を荒くした。
しかし鼻息が荒くなったのは別の種類の興奮も含んでいたからかもしれない。
「はい、何処から覗いているのかは分かりませぬが淫らな視線を感じるのでございます。なれど殿の御手に抗えず……益々乱れ狂う己の痴態を隅々まで見られていたかと思うと。果心がこの城を訪れる度に視線が恐ろしく……」
「果心め!」
三郎の肩に置いた手に力が籠り、問い詰める目は爛々と輝き興奮していた。
「殿が私に様々な御道具を用い責めておられた時にも、じっと舐めるような視線を感じました」
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