第132話.暴かれた嘘
(ど、どうしてルキウス様が?)
ルキウスが公国に向かっていることは知っていた。
だが、到着は早くても明日という話だったはず。ようやく会えたという喜びと同時に、混乱が胸の中に広がっていく。
しかしこの状況に、ひとりだけ動じていない人物が居る。
他の誰でもないフィアンマだ。彼だけは、見つめ合うルイゼとルキウスをにやにやして眺めている。
「どうしたんだルキウス。シャロンも。せっかくの再会なんだ、もっと喜び合えばいいのに」
そう言われても、周りにシャロンと思われている現状ではルイゼは動けない。
そこでフィアンマが「ああ」と手を叩いた。
「そうだった、二人は
ルキウスがこちらを見てきて、ルイゼは居たたまれない気持ちになる。
ナイアグにルキウスとシャロンの関係を問われ、ルイゼがそう答えたのは確かだが。
「なんだルキウス。何か言ったか? 言ってないかぁ? ハッハッハ」
「………………」
ルキウスは何か言いたげに口を動かすものの、あまりの事態にうまく言葉が出ないようだった。
後ろのイザックはといえば胸を押さえている。主と思い人の複雑な再会に胸を痛めているわけではなく、おもしろすぎて必死に笑いを堪えているのだった。
(二人は、親しい間柄なのかしら……)
ルキウスのほうはともかく、フィアンマの言動にはまったく遠慮がない。
シャロンの保護を通信文で頼むくらいなのだから、もともとそれなりの親交はあったのだろう。
と、ルイゼがやや現実逃避気味なことを考えていたところで。
フィアンマが爆弾を落としていた。
「そういえば聞いてくれよルキウス。シャロンはオレのハレムに入りたいそうだぞ」
「――は?」
「ち、違います!」
慌ててルイゼは首を横に振る。その言い方では明らかに誤解を招く。
「文化研究の一環として、様子を見たいとお伝えしただけです!」
一生懸命に説明するルイゼのことを、歯痒そうにルキウスが見つめる。
というのも……シャロンと偽りフィアンマにルイゼの保護を頼んだのはルキウス本人である。
シャロンの名がフィアンマの婚約者として上がっていたのは事実。この場で、無理を言って恋人の手を引くことは彼にはできない。
その代わり、ルキウスは睨むようにフィアンマを見る。
「ル……シャロンのことは、まだ保護していないと」
「ん? 伝達ミスか? 謝れナイアグ」
「えぇえ!?」
急に名を呼ばれたナイアグがこぼれ落ちんばかりに目を見開く。
彼はルイゼとルキウス、それにイザックの視線を受け止めると。
「あ、あの。本当に申し訳ございません……!!」
頭をぺこぺこと下げる顔は、かわいそうなほどに青白い。
どう考えてもフィアンマの指示だった。様子がおかしかったのは、嘘の片棒を担がされたせいだったのだろう。
「……大公殿下」
一切の温度のない目つきでルキウスはフィアンマを睨めつけている。
傍に居るルイゼすら驚くほどの殺意。明確なそれを浴びながらも、フィアンマは余裕を崩さない。
「なんだよルキウス。人でも殺しそうな目を向けてきて」
「そうですね。殺せるものならこの場でぜひ」
「ぶふっ」
あまりの物言いに、いよいよイザックが噴き出している。
同じく楽しげに笑いながら、フィアンマがルイゼの肩を抱く。
反射的にびくりとするルイゼの眼前で、ルキウスの形のいい眉がぎゅっと寄った。
「ルキウス、シャロンはとんでもなく頭が良くてなー。技術開発局のほうにも行ったんだが、日焼け止めクリームの各成分の効果をあっさりと見抜いたんだぞ」
挑発的な言動に、ルキウスは凍りつくような無表情を浮かべている。
「俺のほうがよく知っています。大公殿下よりも」
「そうかそうか。それなら他国に嫁に出さないほうが良かったんじゃないのか?」
「彼女を、他国になど、やっていませんが」
(眉間の皺が!)
ルキウスの表情が凄まじいことになっている。
だがフィアンマは動じていない。ルキウス相手に一歩も引かず相対してみせている。
苦しげに唇を噛み締めたルキウスが、どこか懇願するようにフィアンマに言う。
「……彼女と話がしたいのですが」
しかし下手に出るルキウスに対しても、フィアンマの答えは素っ気なかった。
「残念だが、シャロンはこれからオレと踊る。順番待ちの列があるから、お前も並ぶといい」
(順番待ち?)
どういうことかとフィアンマの視線の先を見やれば、確かに十数人の男性がこちらを見ながら列を成している。王国人がそれほど珍しいのだろうか。
それを聞いたルキウスが血相を変えた。
「待ってください。それは……」
「客人を自国流にもてなして歓待する。当然だろ、ルキウス?」
「……っ!」
ルキウスが唇を噛む。
フィアンマの言い分は間違っていない。だから言い返すことができない。
それでもルキウスは、言葉を絞りだそうとする。
「彼女は、俺の……」
「ゆ・う・じ・ん、な。ルキウス、お前も暇だろうからラグナの女と踊るといい」
先ほどから着飾った女性たちが、ちらちらとこっちを見ているのにはルイゼも気づいていた。
ただでさえルキウスは目立つ容姿の持ち主だ。魔道具開発が盛んでない公国でも、彼の名声は知れ渡っているのだろう。
しかしルキウスは頭痛を覚えているような顔つきで、力なく首を振る。
「俺は、他の誰とも踊りません」
他の、と告げるのに重きを置いていたのに、気がついたのはルイゼだけだろう。
もともと返答は期待していなかったようで、フィアンマは周囲の様子を見ると。
「よーし、踊るぞシャロン」
「で、でも、大公殿下っ」
打楽器が打ち鳴らされる音と共に、ルイゼの肩をフィアンマがくるりと回してしまう。
そのとき、ふとフィアンマが呟いた。
「それにしても美しい髪だな、シャロン」
「え?」
聞き返すと、フィアンマがふっと笑う。
鳶色の前髪にさりげなく触れた彼の唇が、ルイゼの耳元を掠める。
「――エ・ラグナでも有名なんだぞ、お前の
その瞬間、ぎくりと肩が強張ってしまう。
(最初から、気づかれていたんだわ……)
笑うフィアンマの顔を見るに、彼は最初からルイゼがシャロンではないと気がついていたのだろう。
気づいていながら、何も知らない大公の演技をしていた。彼に騙されていたのはルイゼやルキウスのほうだったのだ。
その意趣返しなのか――ルキウスの来訪する日取りを、わざと遅めにルイゼに伝えた。
同時にルキウスには、まだシャロンは見つかっていないと報告したのだ。そうでなければ、これほどまでにルキウスが驚くはずはない。
「た、大公殿下。騙していたことは申し訳ないと思っています。ですが……」
「いいから付き合え。美女と踊るのは男の誉れだ」
「でもっ」
フィアンマは焦るルイゼの言うことを聞いてくれない。
強制的に連れて行かれるルイゼを、ルキウスは唇を噛み締めて遠くから見ていた。
◇◇◇
(や、やっと解放された……)
ふらふらとした足取りで、ルイゼはムシュア宮の回廊を歩いていた。
公国のダンス文化も、手と手を取り合い男女が踊る王国のものとは大きく異なる。
手足を大きく広げ、身体を揺らし、衣の裾をはためかせて踊るという独特のダンス。これも一種のベリーダンスとして数えられるらしい。
フィアンマは順番待ちという言い方をしたが、一気に大勢で踊ればいいのでひとりずつと踊ることもなかった。
心配だったのは足元だが、アルヴェイン王国のように高いヒールの靴でないのが幸いした。
ビーズや宝石が縫いつけられた靴は底がぺたんとしていて動きやすいのだ。王国に持ち帰りたいくらい、個人的には気に入っている。
広い回廊の隅々までも、ルイゼはきょろきょろと見回しながら進んでいく。
(ルキウス様は……?)
途中まで位置は把握できていたけれど、何人ものダンサーが入り乱れる踊りの最中に見失ってしまった。
ようやく人混みを抜け出したときには、ルイゼは庭園の外れに出ていた。そこからムシュア宮に自力で戻ってきたまでは良かったが、見慣れた回廊に人の姿はない。
(せっかくお会いできたのに)
なんだか泣きたいような気分になってくる。
迎えに来てくれたルキウスに、まだお礼のひとつも言えていない。
せめて宛がわれている部屋に戻れば、合流しやすいだろうか。
そう思ってルイゼは足を動かしていたのだが。
「ひゃっ」
ふいに後ろに引っ張られて。
たたらを踏んだルイゼは、そのまま後ろに倒れてしまう。
予想していた衝撃はなかった。
その代わり、身体に回された両腕の感触があった。
「…………?」
閉じていた目を、恐る恐る開く。
ほとんど暗闇に近い、狭い空間。目の前には閉められた内開きの扉が見える。
逃げようとは思わなかった。よく見えずとも、腕の感触には覚えがあったからだ。
この数日間、何度も思い出した腕だった。いつもルイゼを守ってくれている――。
「……ルキウス様?」
そっと呼びかけると。
すぐ後ろから、切なげな声が聞こえた。
「ルイゼ」
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