第123話.金色の瞳
年の頃は二十代後半だろうか。野性的な美貌の男性だ。
黒髪の頭に巻かれたターバン。大きく肩と胸が開いた服に、ヒラヒラと揺れる腰布。
アルヴェイン王国とはまったく異なる服装は、周囲の人々とよく似通っているもの。
しかし何よりも目を引くのは、その双眸だ。
(金色の瞳……)
浅黒い肌と黄金の瞳。
目にするだけで獣を連想してしまうほど、鋭く凶暴な目だ。
目の前の人物の容姿は、エ・ラグナ公国の外れに集落を持つジャラ民族の身体的特徴と合致する。
両腕に戦利品のように抱え上げられたまま、ルイゼはじぃっと彼の瞳を見つめる。
すると男性が、何やら楽しげにまじまじと見つめ返してきた。目尻を下げて笑うと、何者をも寄せつけないような輝きがとたんに和むのが不思議だった。
「どうした、そんなに熱心に見つめて。俺に惚れちまったか?」
「いいえ、そういうわけでは」
見つめていたのは事実だが、決して異性として惹かれたというわけではない。
緩やかに首を振ると、彼は目をぱちくりとさせて。
「……うははっ! アンタ、けっこう面白い女だな!」
ルイゼの回答に、なぜか豪快に笑っている。
その反応に戸惑っていると、横合いから声が聞こえた。
「おい、その女はこっちの獲物だぞ」
先ほどからしつこく話しかけてくる二人組の男は、ギラギラとした目つきでこちらを睨んでいる。
男性はそれには何も答えず、ルイゼに確認を取ってきた。
「へぇ。そうなのか?」
「違います」
「だと思ったぜ」
両腕に抱えていたルイゼは、男性がひょいと肩に抱え直す。
「ちょっと揺れるけどごめんなぁ!」
驚いて声を上げそうになるルイゼだが、なんとか堪える。
反射的に閉じていた目を開けた頃には、全ては終わっていた。
「どわぁっ!?」
情けない声を上げながら、二人組が地面の上に倒れ込んでいる。
「悪い、見ての通りの長い足でな。ちっと当たったか?」
それを見下ろした男性が、ニヤリと笑っている。
ブラブラさせている足先に、二人がごくりと息を呑んでいた。
もしかして、とルイゼも気がつく。
(足払い?)
それにしても俊敏な動きだ。
男たちも目で追うことすらできなかったのだろう。何が起こったのか分からないという顔を見合わせている。
そして、その一撃でお互いの力量差を察したのか。
「クソッ……!」
腹立たしげに舌打ちすると、二人とも一斉に逃げていく。
逃げ足はなかなか速い。入り組んだ路地を駆使して姿を消した二人を、男性はのんびりと見送った。
「あ~、良かった。覚えてろよ、とか言われたら笑っちまうとこだったな」
そんな軽やかな一幕を目撃していた周囲の人々から、口笛が飛んできた。
それに片手を挙げて笑顔で応じるところも、妙に手慣れている感じがする。
(この方は、いったい……?)
見ず知らずのルイゼを助けてくれたあたり、悪い人物ではなさそうだが。
そう思っていると、露店の間から甲高い声が聞こえてきた。
「フィー様! どこですか、フィー様!」
誰かを捜しているのだろうか。
目を向けても、その人物の姿は目に入らない。するとルイゼを抱えたままの男が、ぼそりと呟いた。
「……やべぇ、追っ手だ」
「追っ手? 追われているんですか?」
「まぁな。超怖い男で……」
言いかけた男が、ふとルイゼの顔を覗き込む。
眉を寄せてルイゼを地面に下ろすと、額に手を当ててくる。
「ずいぶん熱いぞ。アンタ、熱があるんじゃないのか?」
「えっ……?」
思いがけない指摘に、目を瞬いた直後。
ぐらり――と目の前の景色が揺れる。
一気に、顔から血の気が引いた。
気持ち悪くて、まともに立っていられない。
「おいっ、大丈夫か? おいってば!」
焦ったような声が耳の奥で反響する。
ルイゼは意識を手放した。
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