第355話 祭りの終わり
「それで何をするのかしら?」
海辺に着くなり、リンネが俺に尋ねる。
「それは……これだ」
俺は袋に入ったものを取り出した。
「それってまさか花火?」
「そういうことだ」
俺が取り出したのは個人でやる花火セットだった。
花火はデカい花火を見るのもいいけど、自分たちでやるのも面白い。本当に小さい頃にやったきりだが、その頃の光景は鮮明に覚えている。
「アニメで履修済みよ!!私もやってみたかったから嬉しいわ!!」
リンネはアニメで憧れていたらしく花火に目を輝かせる。
相変わらずアニメにどっぷりハマっているな。
前までは魔法少女ものばかり見ていたが、今となってはラブコメや恋愛、フューマンドラマなんでもござれって感じで日々見まくってるからな。
もうアニメの虜と言ってもいいくらいだ。
「少し落ち着け。ちょっと火を使うから危ないんだ」
「火くらい大したことないと思うけど?」
俺がリンネの心配をして少し遠ざけようとすると、リンネは不思議そうに首を傾げる。
そういえばそうだった。こっちの人間はステータスによって体が守られているからちょっとくらいの火じゃ一切傷つけることも出来ないんだ。
まだまだ地球の感覚が抜けないな。
俺は首を振ってヤレヤレと自嘲した。
「そういえばこっちの世界の人間はちょっとした火くらいじゃ火傷もしなかったりするのか。でもリンネの肌に傷でも残ったら嫌だから、ちょっと待っててくれ。見本を見せるから」
それでも万が一の可能性もあるので念のためリンネには離れていてもらい、見本を見せることにする。
「も、もう過保護ね。そういうことならしょうがないから大人しく見てることにするわ」
心配されたのが嬉しいのかリンネは顔を赤らめて少し俺から離れる。
「ありがとな」
「もう!!それはこっちのセリフでしょ!!」
俺がニコリと笑って礼を言ったら、プンプンと怒ってリンネは叫んだ。
全く可愛いんだからな……。
それはそれとして、俺は花火を袋から出して、指先に火魔法を起こして火をつける。
―シャーッ
紙の部分に火が付き、ゆっくりと燃え広がって火薬部分に火が付くと、勢いよく閃光が噴出した。
所謂ススキ花火と呼ばれるとても有名な手持ち花火だ。
「へぇ~、なんというか魔法とは違った趣があっていいわね」
「うむ、なんというかそこはかとなく漂う儚さがいいな」
リンネとカエデが花火の光を見て感想を言い合う。
「わぁ~!!きれい!!」
「ほんとだぁ!!」
「おもしろそうだね!!」
「肉の花火はないのか!?」
子供たちは火がつくまではそれほど興味もなさそうだったが、火がついて綺麗な火花が噴き出したのを見て目を輝かせる。
キースよ、肉の花火ってなんだ……。
そして一分もすれば花火は消えてしまった。
「という感じだ。皆も実際にやってみるといい。ただし、注意事項がある。人には絶対向けない事だ。いいか?」
『はぁーい!!』
見本を見せ終えた俺は注意事項を伝えた後、皆にもやってもらうことにした。子供たちもきちんと言うことを守ってくれそうなので問題ないだろう。
「わぁああ!!出た!!」
「面白いね。こうやったら空にお絵かきできるよ」
「ホントだ!!」
「俺は肉を描く」
子供たちは花火を軽く振って、その軌跡が空中に描かれることに気付いてみんなで好きな物を描き出す。
「私もやってみようかしら」
「うむ。面白そうだな」
その様子を見ていたリンネたちも真似をしだした。
皆楽しそうで何よりだ。
俺は俺で次の花火を準備する。
それは置き花火の一つ。所謂噴出花火だ。
「おーい。ちょっと見てろよぉ」
俺は全員のススキ花火が消えたのを確認した後、少し離れた場所で噴出花火に火をつけた。
―シュゴォオオオオオッ
「おおっ!!さっきの花火を大きくしたみたいだな!!」
「そうね。こっちは持ってやる花火よりも華やかで綺麗ね」
カエデとリンネがススキ花火の何倍も大きな火花を見ながら興奮している。
「ふぉ~!!こっちもきれいだね!!」
「うん、ひかりの花がさいているみたい!!」
「いったいどうなってるのかなぁ。ふしぎぃ」
「あの勢いがあれば肉が焼けるんじゃないか?花火肉食べてみたいな」
子供たちも大喜びだ。
だからキースよ、なんでもかんでも肉と結び付けようとするんじゃない。
「それから変わり種でこういうのもあるぞぉ」
俺がそう言って取り出したのはねずみ花火だ。そして何の説明もなしに火をつけて地面に置く。
―シューッ
「うわぁ!!動いた!!」
「中に何か入ってるのかも」
「こっちに来たよぉ!!」
「俺がやっつけてやる!!」
勢いよく火が噴き出して子供たちのほうに向かっていく。
「くっ。卑怯な!!」
キースが踏んずケ酔うとするので二個三個と追加して踏めないようにする。
「無償に追い掛け回したくなるんだが……」
猫獣人ゆえに素早い動きをする花火が獲物に見えてうずうずしている様子のカエデ。
「止めろ」
「う、うむ。我慢する」
俺が命令すると、力をいれて本能を抑え込んでいた。俺を食べようとしなかったくらいだからその本能も抑えられるだろう。
しかし、空気を読まない奴がいた。
「にゃーん!!(とりゃー!!)」
イナホだった。
イナホは縦横無尽に動くねずみ花火を追い掛け回して全て火を消してしまった。
「にゃ、にゃーん?(あれ~?うごかなくなっちゃったぁ)」
「はぁ……やれやれ……」
きょとんとして辺りを見回わすイナホ。俺はため息を吐いてヤレヤレと首を振った。
それから一通りの花火を楽しんだ俺達は、最後に日本でおなじみのあの花火で締めることにした。
「ちっちゃくて可愛いね」
「うん。赤ちゃんみたい」
「なんか虫みたいにも見えるね」
「なんか細々した肉を食ってる気分だ」
そう、小さくてはかなげな花火、所謂線香花火だ。
「なんかこれで終わりって感じがして寂しいわね」
「そうだな。祭りが終わると思うとなんだか悲しいな」
リンネとカエデもしゃがみこんでその小さな花火を見つめる。
「あぁ~!!やっぱり!!おじさんずるい!!」
そこにパンツちゃんの声が響き渡った。
「ど、どうしたんだ?戻ったんじゃないのか?」
「なんだか眠れないから皆で海でも見に行こうってきてみたんだよ。私達が誘われてないってひどくない?」
俺が焦って尋ねると、返事とともにさらに問い詰められる。
後ろに高校生たちが勢揃いしているようだ。皆がウンウンと頷いている。
これは花火を出さないと収まらなさそうだな。
「はぁ~、分かった分かった。すまなかった。高校生組の分も出すから許してくれ」
「しょうがないなぁ。今回だけだからね」
俺がため息を吐いて降参ポーズをとると、パンツちゃんが困った人を見るような眼で俺を見てくる。
「ほら、これで存分に花火をしたらいい」
『やったぁ!!』
俺が大量の花火を出してやると、高校生達だけでなく、リンネやカエデ、子供たちもまで喜んだ。
やはり終わるのが悲しかったらしい。
俺は皆が満足するまで花火に付き合うことになるのであった
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