第310話 木の宿
「あ、そういえば今夜の宿を取ってなかった」
「確かにそういえばそうね」
「お金に気を取られ過ぎてしまったか」
「とはいえ、お金がなければ宿を押さえることも出来なかったからな。仕方ないか」
俺たちはお金を稼いだは良いが、宿を取っていなかったことに気付く。
今からでも探す必要があるが、まずはここで聞いてみた方がいいか。ないならないで、外に出て野宿すればいいしな。
「ちょっと聞きたいんだが?」
「えっと、宿のことですね?」
「そうだ。どこか空いてそうか?」
受付嬢に話しかけると、目の前で話していたので話が聞こえていたらしい。都合がいいのでどこかに空いている宿がないか確認する。
「そうですねぇ、この時期はどこも結構埋まってるんですよねぇ」
「そうか。それじゃあこの人数の部屋を取るのは難しいか」
難し気な表情で言う受付嬢に、俺は後ろのメンバーを見ながらつぶやいた。
ヴェーネでもそうだったが、俺達はこういう星の下に生まれついてるのかもしれないなぁ。
「ああ、いえ、そんなことはないんです。えっと、宣伝みたいで嫌なんですが、私の実家が宿をやってまして……そちらであれば多分空いてるかと……。街のハズレにあってあまり人気がないので……皆様がお気に召すかどうか……」
しかし、受付嬢は首を振る。そして自分の実家が宿をやっていると教えてくれた。あまり質がよろしくないのかもしれない。別に料理以外にそれほどこだわりはないし、最悪部屋に馬車を出してその中で寝れば何も問題ないからな。
「俺達は飯が美味くて、安全なら別にいいぞ」
「分かりました。ご飯はうちの自慢ですから大丈夫だと思います。地図を書くので少々お待ちください」
「分かった」
俺があまり気にしないというと、受付嬢はサラサラと地図を書いてくれた。
「私はサランサと申します。名前を出してもらえれば通じると思いますのでよろしくお願いします」
「分かった。助かったよ。ありがとう」
「いえいえ、私の家の利益になることですからお気になさらず」
俺達は受付嬢に挨拶をすると、地図に描かれた場所へと飛んでいっていく。
そこにはかなり大きな木があり、太い枝は人が数人乗れるほどに太い。にも関わらず、高さはそれほど高くはない。精々数十メートルと言ったところだ。
そして、幹の上の方に扉があり、その上の看板に『宿屋』のマークが掘ってあったので、俺たちはその幹の前に伸びる枝の上に着地した。
「ここで間違いないみたいだな」
「そうみたいね。なんだか世界樹を思い出すわね」
「そうだな。こっちのほうが大分小さいけど」
俺とリンネは辺りを見回しながら感想を述べる。
かなりおおきな木なので世界樹を連想するのは仕方がないことだと思う。アレナは元気でやってるだろうか、そしてそろそろ結婚相手は出来ただろうか。
気になるところだ。
『聞いた責任として私をもらってくださいね』
という幻聴と幻覚が見えたので、すぐに想像するのを止めた。
想像しただけで結婚を迫ってくるとかヤバいな。まぁ、あくまで想像で本人ではないんだけど。
「うむ。それでも木としてはかなり横に大きいな。幹が数十メートルはある」
「ああ、見た目通り木の幹の中をくり抜いて、宿を作っているんだろうな。楽しみだ」
カエデはあまり世界樹に馴染みがないので、太い幹に興奮している。
かくゆう俺も木そのものが家になっているのはエルフの街で見たが、実際に中に入らせてもらう訳にもいかなかったので、今滅茶苦茶楽しみにしている。それが家ではなく、もっと大きなものだとなると尚更だ。
「面白そう!!」
「ね~!!」
「楽しみ~」
「肉はあるのか?」
獣人の子供たちもエルフの国にはあまり滞在していないので、木の中に人が住んでいると聞いて楽しみらしい。
俺たちは期待を込めて扉を開いた。
「おお~!!」
「これは中々!!」
「いい雰囲気ね」
扉の中には期待通りの温かみのある空間が広がっていた。まさにファンタジーって雰囲気のランタンに木製の受付に酒場、その奥に下に向かう階段らしき構造が見える。
酒場にはそれなりに人が入っていて、酒を酌み交わす天翼族たちで賑わっていた。
「いらっしゃいませ、お泊りでしょうか?」
俺達がその光景に見とれていると、サランサと血のつながりを感じさせる容姿の三十代前半ほどの少しぽっちゃりとした女性が話しかけてきた。
「え、ああ、そうだ。サランサからの紹介できた」
「あらあらまぁまぁ。あのサランサが家を紹介するだなんて珍しい」
俺がサランサの事を話すと、女将は目を丸くして驚く。
まぁ確かにあまり勧める気はなかったようだが、家の商売の助けにもなるからそこまで紹介しないっていうのもない気がするんだがな。
「そうなのか?」
「ええ。自分が期待している新人など以外にはあまり紹介することはないですね。あなたたちがそれほど有望なのでしょうね」
へぇ。なかなか見る目がある受付嬢のようだ。いや、初日にCランクになるような冒険者は有望だと分かるに決まってるか。
「どうだかな。それよりも部屋は空いてるか?一応二部屋で俺とこの女性、そっちの女性と子供たちの二人で分けたいんだが」
俺は長話よりも宿に泊まりたいので話題を本題に戻した。
「もちろん大丈夫ですよ」
「それじゃあ、頼む」
「承知しました。何泊されますか?」
「そうだな。とりあえず二泊で」
「かしこまりました」
俺たちは木の宿に泊まることになった。
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