第291話 冒険の再開へ
「カエデ、他の連中はどうだ?」
「うむ、任せられる程度には育ってきたぞ」
カエデに聞いたのは商店の方の店員たちのこと。カエデは一時的に店長をしていたが、それはあくまで一時的。できれば『剣神』の方と同じように高校生たちの中で一番責任感のある人間に店長を任せたかった。
そうしないとカエデが自由に動けないからだ。
俺たちは冒険者。商店経営はあくまで副業だ。そっちに縛られてしまって本業の方がおろそかになってしまっては本末転倒だからな。
「そうか、店長は誰が良いと思う?」
「ショウコがいいのではないか?」
「ふむ。祥子か」
祥子とはこの店に来た時に他の皆を引っ張ってきた女の子だ。気の強そうな彼女はその気質も相まって責任感が強く、皆の面倒も積極的に見るお姉さんタイプの人間だった。
予想通りの人選ではあるが、彼女であれば問題ないだろう。
「彼女には熱意も、責任感も、能力も全て揃っている。何も問題ないあろう」
「そうか、そうだな」
絶賛するカエデに俺も同意するように頷いた。
「祥子、ちょっといいか?」
「はい、大丈夫ですよ、オーナー。どうかしましたか?」
次の日、俺たちは祥子の元に行って話しかける。
名前呼びなのは彼女がそうして欲しいと強く懇願してきたので名前で呼んでいる。彼女を名前で呼ぶようになったら他の面々も名前呼びを強要してきたので今では全員が名前呼びだけどな。
彼女は俺の声に振り向き、少し首を傾けた。
「ああ、ちょっと折り入って話があるんだ。休憩室まで来てもらっていいか?」
「わ、分かりました」
真面目な様子の俺達に少し表情を硬くする祥子を連れて、俺たちは休憩室に移動した。
「それじゃあ、ソファに座って楽にしてくれ」
俺とリンネとカエデがソファーに腰かけ、彼女にも対面のソファーを進める。
「は、はい」
「なーに。悪い話じゃない。そんなに緊張しなくて大丈夫だ」
「そ、そうなんですか?わかりました。ふぅ」
何か青ざめた顔をしている彼女に安心するように伝えると、やっと安堵のため息を吐いて少し顔色が良くなった。
「話と言うのは他でもない。祥子、おまえにやって欲しいことがある」
「私にですか?」
「ああ」
不思議そうに首を傾げる祥子に、俺は再度頷く。
「えっと、オーナーにはこうして拾ってもらった恩もありますし、大抵のことはやらせていただきます。ま、まさか夜の相手ですか!?そ、そういうのはまだ心の準備が!?」
「いや、そういうのは間に合ってるから」
なぜか突拍子もない想像をする彼女。
おそらくラノベとかそういうものの読みすぎだ。現実にそういうことをすることはないと思うぞ?
あと冗談でもそういうことは言わないで欲しい。隣にリンネから怒りのオーラが噴き出してるからな。
「え、あ、そ、そうですか。そうですよね……失礼しました」
何故か残念そうな表情になる祥子。
「ま、まぁそういう気持ちは嬉しいが、俺にはリンネがいるからな。あきらめてくれ」
「あ、はい」
俺は鈍感ではないので念のためフラグはへし折っておく。祥子は何か煤けたような表情になった。
「コホンッ……それはさておき、祥子にやってもらいたいのはこの店の店長だ」
なんとも言えない雰囲気を吹き飛ばすように咳払いした後、今回の本題に入る。
「え!?店長はカエデさんでは?」
「カエデは俺の直属の部下だったから今まで店長に据えていたが、俺達の本業は冒険者だ。店に縛られたら冒険できないからな。カエデは俺達のパーティメンバーだから冒険に連れていくつもりだ。カエデもお前になら任せてもいいと言っている。どうだ、引き受けてくれないか?」
驚く祥子に今回の打診の理由を述べる。
「……」
俺の言葉に祥子は俯いてしばし沈黙した。
「わ……」
「ん?」
一言だけ言葉を紡いでそれ以降が続かなかった祥子に先を促すように問いかける。
「私でいいんでしょうか……?」
「どうしたんだ?らしくないじゃないか」
いつもは自信満々で皆を率いている彼女にしては珍しく自信なさげに話す。
「私は確かに自分なりに皆をまとめて頑張ってきたつもりですが、私には美里ちゃんみたいな華やかさはありませんし、麗美ちゃんみたいに料理の才能があるわけでもありません。何かが飛びぬけて秀でている者が何もないんです。そんな私が店長だなんて大役をやってもいいのかなって」
「ははははっ。祥子は何を言ってるんだ?」
祥子が言っていることがおかしくて笑ってしまった。
別にバカにしたわけじゃない。
隣の芝生は青く見えるって奴だ。
「え?」
「お前にもあるじゃないか。その真面目で責任感が強くて、皆をきちんとまとめる統率力が。それだって立派な才能だし、リーダーに一番必要な物だ。それは誰もが認めるところであるし、俺もカエデもリンネもそれを認めている。祥子でいいんじゃなくて、祥子にやってもらいたいんだよ」
「~~!?」
彼女は俺の言葉に信じられない、という表情をした後、その瞳から一筋の雫が流れ落ちた。
「ありがとう……ございます……」
そしてその涙があふれた顔を深々と下げてお礼を言う。
「別にお礼を言われるようなことを言った覚えはない。事実を言っただけだ。それでどうだ?引き受けてくれるか?」
「はい……謹んでお受けさせていただきます」
彼女は俺の問いにその涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げて、ひと際輝く笑顔でそういった。
「ははははっ。ありがとう。これで俺達も安心して冒険に行けるってものだ」
「うむ。祥子、お前なら大丈夫だ。店は任せたぞ」
「祥子。あなたはずっと頑張ってきた。大丈夫よ」
「はい、分かりました。任せてください!!」
引き受けてくれた祥子に俺達がそれぞれ声を掛けると、彼女は強い意志の籠った笑顔でポンと胸を叩いた。
いい笑顔だ。
「よし、そうと決まれば、今日はめでたい。後で『剣神』で盛大に発表して宴会をするから覚悟しておけよ!!」
「はい!!」
俺がニヤリと口端を歪めると、祥子は望むところだと言わんばかりだ。
「お酒楽しみね!!」
「そうだな、奥方様よ」
隣でお酒の話をして話の雰囲気をダメにするは止めろ。
こうして俺達の冒険の再開準備は着々と進んだ。
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