第290話 変わりのない店と成長

 ようやく街の連中たちから解放された俺達。


 俺たちは自分たちが経営している店にやってきた。


 今日は商店の方はお休みの日だ。どちらの店も週に二回休みがある。被らないように分散させているため、基本的に連休はないけど、この世界では珍しい程のホワイトな職場環境だと自負している。


 基本的に残業はないし、無駄な仕事もない。


 事務処理や掃除系は全部付与魔法でどうにかなっちゃうしな。店にいる子たちにやってもらうのは接客と調理、そしてお金の管理に足りなくなった食材を倉庫から持ってきて補充するくらいなものだ。


 それでも忙しいくらいには繁盛しているのは嬉しい悲鳴である。


「うぃーっす」

「あ、おじさん、リンネさん、おかえりなさい」


 俺を出迎えてくれるのはパンツちゃん。彼女は俺の飲食店の店長を任せている。ミニスカな着物に身を包み、その眩しい生足を晒している。


「ああ、ただいま。店は何も問題なかったか?」

「ただいま、ミサトちゃん」

「そうですね。私達をキャバ嬢か何かと勘違いするようなお客さんが何人かいたので丁重におかえり頂いたくらいです」


 そう答えるパンツちゃんの笑顔が眩しい。


 絡んできた冒険者をまたボコボコにして店の外に放り出したんだろうな。


 その光景がありありと脳内に浮かんできて思わず苦笑してしまう。


「そうか、皆に怪我はなかったか?」

「はい、誰一人として怪我はしていません」


 パンツちゃんの答えに俺は安堵した。


 どうやら皆元気に何も問題なくやっていたらしい。こっちは日本と違って物騒だからな。力を持っているとは言え、この子達は切った張ったの冒険者をやりたくなくて俺に雇われに来た。


 凄まれたら体が竦んで動けないということもあるかもしれないと予想していたが、元々見せしめに何人がボコボコにして広場に吊るしたりしたから、その効果もあって新規のお客さん以外は絡んでこないし、いきなり襲い掛かられても問題なく対処できていたようだ。


 本当に良かった。


「そうだ。これ新婚旅行のお土産。全員分あるから後で配ってくれ。こっちが女子。こっちが男子の分だ」

「わぁ!!ありがとうございます!!後でいただきますね!!」


 俺は倉庫から彼女たちへのお土産を渡すと、目をキラキラさせて喜ぶパンツちゃん。そんなに喜んでくれるなら買ってきた甲斐があるというものだ。


「ああ。それじゃあ、俺達もここで飯を食べようかな。俺は生姜焼き定食を頼むわ」

「私はミネストローネで良いかしら」

「はい。ご注文承りました」


 パンツちゃんは腰に差した日本のファミレスなどで使われるハンディターミナルのような装置で注文をとった。


 これもこの店ならではシステムであり、他の店にはまねできないであろう部分の一つでもある。卓番と注文内容を間違うことなく、正確に料理を提供できるので非常に助かっている。


 この世界の人達にはこの子達が何をしているか理解できるものはいないだろう。


「それじゃあおじさん、卓は7番でお願いしますね」

「了解」


 俺たちは指定された席に行って腰を下ろした。そこは窓際の席で外の喧騒が目に入る。


「皆何事も無さそうで良かったわね」

「そうだな。ここは荒くれ者が多いからな」

「能力的にはあの子達に勝てる人間がそういるとは思えないけど、気弱な性格とかはどうしようないからね」

「そうだな」


 俺たちは遠くからせわしなく動く元高校生たちを暖かい目で見守りながら料理を待ち続けた。


「あぁ~、これこれ」

「うーん、いい香りね」


 俺たちの前に料理が配膳される。久しぶりの日本食の香りが俺達の鼻孔を擽った。


 特に醤油の香ばしい香りが俺の食欲を刺激して、唾液の分泌を加速させる。


「ご注文はお揃いでしょうか?」

「ああ。ありがとう」

「いえ、どういたしまして。料理は麗美ちゃんが腕を上げてるので存分に堪能してくださいね」

「おう、それは楽しみだな」


 パンツちゃんが嬉しい情報を教えてくれたおかげでさらに期待値が上がる。


「あぁ……これは美味いな」

「ええ、ホントね」


 確かに味的にはバレッタが作る料理には遠く及ばない。


 しかし、バレッタが料理人としての料理を突き詰めたタイプだとすれば、ここの料理は定食やとか個人経営の洋食屋のような味の中に懐かしさや親しみを感じるようなタイプ。


 思わずほっこりするその味に俺はついつい無言で舌鼓を打ってしまう。


『ごちそうさまでした』


 気づけば俺もリンネもあっという間に料理を平らげてしまった。


「はい、食後のお茶です」

「お、これは俺達が居た時はやっていなかったな?」


 頼んでもいないのに出てきたお茶に俺は持ってきてくれたパンツちゃんに声を掛ける。


「そうですね。でも皆さんこういったお茶が欲しくなるんじゃないかってみんなと話してやってみようってことになったんです」

「コストも茶葉だけだしな。それの仕入れくらいは問題ないからとてもいい発想だと思うぞ。よくやってくれたな」


 実際どういう結果が出ていても正直赤字にさえならなければどうでも良かったりする。だからそういうことは存分にやってほしい。


「えへへへ、ありがとうございます。そう言ってもらえると皆と意見を出し合ったりしてよかったです」


 お盆で口元を隠して笑うパンツちゃんはとても可愛らしかった。


 彼女はお茶をだして去っていった。


 リンネと出会っていなければもしかしたら惚れていたかもしれない。


「?」


 しばし俺に見つめられていたリンネは不思議そうに首を傾げた。


「いや、なんでもない」


 俺はそんなリンネに首を振って窓から外を見る。


 そこには変わらないアルクィナスの日常が流れていた。

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