第259話 空の結婚式
「綺麗……」
リンネが自分たちの周りに浮かぶ花びらを見て眩し気に眼を細めてその光景を見つめる。
「じゃじゃじゃーん!!大成功ね、パパン!!」
「あ、アドじゃない。なんでここにいるのよ」
ボフンと煙が現れるようにその場に姿を現したアド。突然現れたアドにリンネは不思議そうに尋ねる。
「ママン、私が何か忘れたの?私は世界樹の精霊なんだよ?そりゃあ、世界樹の近くに居てもおかしくないでしょ?」
「そういえばそうだったわね。忘れてたわ」
チッチッチッと指を振ってアドが答えると、リンネは今思い出したとばかりに返事をした。
「俺がこの花びらを飛ばすように頼んでたんだよ」
「そうだったのね。なんていう花なのかしら?」
俺がネタ晴らしをすると、リンネは自分の近くを舞跳ぶ花びらを一つつかみ取って俺に尋ねた。
「これは桜という花だ。俺の故郷の国を象徴する花で、毎年春に花を咲かせるんだ。アドにイメージを伝えたら出来るっていうからな。飛ばしてもらった」
「そう、この花可愛くて綺麗ね。私この花好きよ?」
「そりゃあ良かった。頼んだ甲斐があったってもんだ」
俺の説明に彼女は桜のように花開いた笑顔を見せる。
それだけで根回ししておいてよかったと思った。
「さぁさぁ、パパン、ママン、ちゃっちゃとやるわよ!!」
「ああそうだな?」
「え?え?一体何をやるのよ?」
俺とリンネの会話に割り込んで、アドが鼻息荒く意気込む。
『そりゃあ結婚式よ(だ)』
リンネの問いに俺とアドの声が被る。
「えぇ、いきなりすぎでしょ?誰も集まれないわよ」
「いいんだよ。ここでやるのは俺とリンネの二人だけの結婚式だ。ちゃんとした結婚式はまた別にやるさ」
「それならいいのかしら?」
困惑するリンネに俺が説明すると、彼女は混乱しながらも受け入れた。
「それじゃあ、いっくよ~!!」
リンネの同意を得たと認識したアドは、ステッキでも振るように腕を振るう。
すると、目の前に花びらの絨毯が敷かれた道と、その先には祭壇が現れた。そしてその祭壇には十歳ほど見た目年齢を重ねたアドが、薄緑を基調とした司祭服を身にまとって立っている。
「アドってあんな姿にも慣れたのね」
「力を使えばしばらくはイケるらしい。でも後でアレを要求されたよ」
「……バカ」
大人姿のアドを見て驚くリンネにお茶らけて肩を竦めると、しばし沈黙した後、それの意味するところを理解して顔を赤らめてそっぽを向いた。
「それじゃあ、いくぞ、リンネ」
「あっ……」
そんなリンネの手を引いて目の前にある花びらの道に降り立つ。花弁は落ちることなく俺を支えた。リンネもその上に立たせると、彼女も恐る恐る花びらを踏んで足元を確かめた。
「ちゃんと立てるのね。アドって結構凄かったのね」
「あれでも世界樹の精霊だからな。力をある程度取り戻せばかなり凄い存在だろ」
「それもそうね」
アドの実力にリンネが驚くが、俺がアドを見ながら説明すると、彼女もアドを見て頷いた。
「それじゃあいこうか」
「ええ」
俺が腕を差し出して促すとリンネが俺の腕に手をかける。それを確認して俺たちは祭壇の前までゆっくりと歩いた。
「ようこそ、いらっしゃいました、世界樹の主とその伴侶よ」
アドが俺達の前でいつものふざけた印象とは真逆の、神聖な雰囲気を纏って俺達に語り掛ける。
「これより、誓いの儀式を始めます」
「ああ(はい)」
アドの言葉に俺とリンネが頷く。
「汝、ケンゴ・フクスはリンネ・グラヴァールを妻とし、病める時も、健やかなる時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを誓いますか?」
「はい、誓います」
アドの誓いの言葉に俺が頷いて、
「汝、リンネ・グラヴァールはケンゴ・フクスを夫とし、病める時も、健やかなる時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、死が二人を分かつまで、愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを誓いますか?」
「はい、誓います」
続いてリンネが頷く。
「続いて指輪交換を行います」
「リンネ、箱を」
「ええ」
俺がリンネから箱を受け取ると、中から指輪を取り出すと、リンネが差し出した左手の薬指にその指輪をはめた。
「ケンゴの分は?」
「ああ、ちょっと待ってくれ。これだ」
俺は倉庫から俺の分の指輪を取り出した。リンネの指輪のように特殊な効果は特についていないが、グオンクが遂になるように青い宝玉を付けた装飾にしてくれた。
リンネにその箱を手渡すと、彼女は俺がそうしたように俺の左手の薬指にその指輪をはめた。
「これにて指輪の交換を終えました。最後に誓いのキスを」
アドの進行により、俺はリンネを抱きしめる。
「これからもよろしくな、リンネ」
「ええ、よろしく、あなた」
俺たちの影はそのまま一つに重なった。俺たちは暫くの間そのまま離れることはなかった。
「ゴホンッ、エホンッ、ウホンッ」
余りに長すぎて途中でアドが咳ばらいをしまったが、お構いなしだった。
こうして俺とリンネは事実上夫婦となったのである。
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