第258話 果たされる約束と誓い

 今日は朝から大変だった。


「ケンゴ様、森のスパイスを採取してきました!!」

「これウチの近くの森で栽培しているハーブです!!」

「このスパイスは物凄く美味しんですよ!!」

「このハーブはめちゃくちゃ珍しい種類なんですよ!!」


 と、城に町中からエルフたちが集まってきて、こぞってハーブやスパイスを持ってきてくれて、俺とリンネで対応に追われた。


 まさかこれほどの量になるとは思わなかったが、ダンジョンで得たものやクエストでもらった報酬などで問題なく支払いできる程度で収まったので安堵した。


 一日中対応に追われて俺はともかくリンネがヘロヘロになっていた。そのため、一度船のリラクゼーションルームで休憩をとってからここに戻ってきたところだ。


 その時、何日かぶりにカエデやイナホ、そして子供たちと会ったが、皆俺達がいないことなど全く関係なく元気そうに過ごしていたので良かった。


 イナホは大体寝てることが多いのだがな。


「今日も図書館に行きたいですねぇ、チラッチラ」

「しょうがないなぁ。今日は特別に図書館に泊まってもいいぞ。酒を飲みながらってのも悪くないだろ」

「やったぁあああああああああああ!!」


 その日の仕事が終わった後、茶番のような寸劇を行い、今日も夜に図書館で過ごすことになった。


 アレナは図書館でお酒を飲むことが出来る上に、本も読めるとあってガチで喜んでやがった。約束は忘れてなかったからとりあえず許してやる。


「いいのかしら、図書館で飲み食いなんて」

「あそこの本にはすべて汚れ防止、劣化防止なんかの付与魔法が施されているからな。問題ないだろ」

「それならいいのかしらね」


 本がある場所での食事ということでリンネは本について懸念を示したが、問題ないことを伝えるとあっさりと受け入れた。


 それから俺たちはアレナの部屋に訪れた後、図書館に飛んだ。


「いらっしゃいませ、ご主人様、リンネ様。そしてアレナさん」

「いらっしゃいませ」


 跳んだ先で既に準備をして待っていたのは、司書メイドのアンリエッタとウチの料理番であるバレッタであった。何もしなくても伝わっているので勝手に先回りして図書館で食べる料理や酒の準備をしてくれたようだ。


 流石だな。


「ありがとうございます」


 俺の心の声に反応していつものように綺麗な、そう綺麗すぎるお辞儀で頭を下げた。


 俺たちは各々好きな本を持ってきて、その本の良さをプレゼンしながら酒を飲み、その議論は次第に白熱していったが、キリがいいところでお開きにして、図書館備え付けの部屋に案内され、眠りについた。


 そして早朝。俺は目を覚ました。魔導ナノマシンを入れられてから起きたい時間に楽に起きることができるようになったは非常に助かる。


 ガサゴソとわざとらしく音を出してからとある場所に移動する。俺はその場所で暫く景色を眺めていた。高度が高いため風がバサバサと俺の頬を撫でる。


 大地と空の境界線が白み、朝と夜が混じる時間帯。


 高度が高く、早朝ということもあってほんのり肌寒いが、俺達がこっちに来た頃から比べると随分暖かくなってきた。そろそろ夏なのかもしれない。


「随分早いじゃない……」


 俺の後ろでエレベーターが開き、毎日聞いている声が聞こえた。


「なんだ、起きてきたのか……」

「そりゃあ、あれだけの音を聞けば嫌でも起きるわよ……」


 俺が振り返ると、リンネは肩を竦めて俺の横に並び景色を眺める。


「よくここにいるのが分かったな?」

「そりゃあ、図書館は本だけだし、他に来るところなんてここくらいしかないでしょ」

「そりゃあそうだ」


 まぁ図書館には人を圧倒するような量の本はあるが、それ以外はないともいえる。そしてここの図書館の名物の一つがこの世界樹の頂上から見渡せる景色であった。


 だからここに来るのが分かるのは必然だった。


 しばらく二人で並んで徐々に明るくなっていく景色を眺める。


「なぁ、ここでした約束を覚えているか?」

「ええ、忘れるわけないでしょ」

「そうか、また少し空にいかないか?」

「また抱えられていくのかしら?」

「そりゃあな。でも今回はちょっと違うかもしれないぞ?」

「え?」


 俺は呆ける彼女を抱き上げてさらに上空へと上昇した。そこからはすでに太陽が地平線の向こうから顔を出して、世界に色が灯るのがよく分かる。


「全くもう。強引ね」

「ははははっ。まぁいいじゃないか」

「まぁいいけど……。それで今回は何が違うのかしら?」

「見てろよ?」


 俺は抱えているリンネを地面に下すように空に立たせ、そのまま手を放して少し離れる。


「落ちる!!落ちるわ!!」

「大丈夫だ。落ち着け」


 リンネは落下する恐怖でバタバタ慌てるが、彼女は落下することなく、その場に留まっていた。俺は近づいて後ろから抱きしめて落ち着かせる。


「はぁ……はぁ……」

「落ち着いたか?」


 暫くすると、荒かった呼吸が徐々に落ち着いてくる。


「全くもう!!落ちて死ぬかと思ったじゃない!!そういうことをするなら最初に言ってよね!!」

「わりぃわりぃ」


 俺に抱えられながら凄い剣幕で俺に捲し立てるリンネ。


 流石にやり過ぎた。


「じゃあまた手を放すぞ?」

「わ、わかったわ」


 ゆっくり俺が手を離すと、リンネは恐る恐る空に身を任せる。彼女はその場にゆっくりと浮遊した。自由にとはいかないが、体の動き合わせて微妙に移動できる。


「ははははっ。私浮いてるわ!!ケンゴいつの間にこんなことできるようになったのよ!!」

「まぁ最近な、はははははっ」


 彼女はゆっくりとだが、こちらに近づいてきて俺に抱き着いて俺を見上げ、喜びを露にした。俺は照れながら頭を掻く。


「でもな、これで終わりじゃないんだ」


 俺は気を取り直してそう言ってリンネを自分から少し離す。


「まだ何かあるの?」

「ああ」


 俺は倉庫からとある小さな箱を取り出してリンネに差し出した。


「これは?」

「あけてみてくれ」


 俺の指示に従って彼女は箱を開ける。


「これは……ゆ・び・わ?」


 リンネは中に入っている物自体は分かるが、それの意味するところは分からない、そんな顔をした。


「ああ。それは結婚指輪だ。リンネ……俺と結婚してくれないか?」

「え……?」


 俺の一世一代のプロポーズにリンネは一言呟いた後、少し俯いて固まってしまう。


「それでな、実はその指輪、前作ったステッキみたいな魔道具なっていてな。空を自由に飛べるようになる機能をつけてある。どうだ?それを俺に嵌めさせてくれないか?」


 合間を見つけてはコツコツと研究と試作を繰り返してようやくできた。空を自由に飛ぶことができる指輪。それこそがリンネへの結婚指輪にふさわしいと俺は思った。


 もちろん結婚指輪らしい装飾の類はグオンクに依頼した。グオンクは任せておけと胸を叩いて引き受けて、相応しい装飾と宝玉をつけてくれた。その宝玉はリンネの瞳のように赤く不思議な力を宿していた。

「はい……」


 しばらくリンネを見て待ち続けていると、彼女は少しだけ首を傾けてそう返事をした。


 その瞬間、リンネの背から日の光が照らし、下からピンク色の花びらが俺達の周りに舞い上がる。


 答えたリンネの両頬には涙の滝が止めどなく流れていた。

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