第251話 仕入れ小旅行の始まり

 昨日あちこち回ったおかげで、ある程度商いに必要そうな商品が分かったので、ひとまず分かる範囲にある物を軽く旅行しながら買い付けに行くことにした。


「リンネ、今日から仕入れの旅だぞ」

「唐突ね。全く一人は可哀そうだから付き合ってあげるわ」


 突然旅行に行くと言われてもリンネは動じない。それも転移とマジックバッグのある生活に慣れてきたせいだろう。そそくさと必要な準備していつでも出発できる状態にして見せた。


「早速行きますか」

「そうね。どこから行くの?」

「一番遠いドワーフの国からだな。あそこの酒は輸送が大変で中々ここまで持ってこれないからな」

「分かったわ」


  俺たちは転移でドワーフの国に跳んだ。


「お、これはこれは使徒様にリンネ殿。ようこそいらっしゃいました」

「俺達だってよく分かったな」

「そりゃあ、こんな馬車で来る御仁なんてあなた方しかいないでしょうよ」

「ははははっ。そりゃあそうか」


 前回同様ゴーレム馬車でやってくると、門番が俺達を覚えていたのか、にこやかに会話を交わす。


 使徒ってあの造酒品評会で広まったやつじゃねぇか。

 俺は断じて酒神の使徒じゃない。


「それで、今回はどうなさったので?」

「ああ、ちょっとアルクィナスで商売を始めることになってな。酒を仕入れにきた。どこかいい店を知らないか?」

「あ、それなら造酒品評会に出場した店に行ってみるのはどうですか?皆使徒様の店に酒を下ろせるとなったら張り切ってくれると思いますよ」


 俺の質問に、閃いたらしく彼は俺に提案してくれた。


「それもそうか。店の場所は分かるか?」

「うーん、そうですね。分かりますが、私は今ここを離れられないので、案内をつけましょう。おい!!バングス!!」

「なんだよ、ドンタキ」


 門番のドンタキは同じく門番の詰め所にいたバングスを呼び出す。

 中から出てきたのはドンタキとあまり見た目が変わらないドワーフだった。

 

『ドワーフを見分けるのは難しいな』

『そうね。王族ならまだしも他は私にも難しわ』


 などとリンネと念話で会話する。


「お前、使徒様を品評会に参加した酒蔵に案内しろ」

「使徒様だぁ!?」


 ドンタキに指示されたバングスは訝しがるような表情をするが、


「……これは使徒様!!失礼いたしました!!すぐにご案内します!!」


 俺を見つけるなり、ビシッと敬礼してきびきびと動き出した。


 なんとも分かりやすい奴だ。


「いや、ゆっくりでいいぞ。俺たちは馬車を仕舞って後をついていくから」

「はっ!!承知しました!!」


 バングスはルンルン気分で城内に歩いて行った。


「なんであんなにテンション高いんだ?」


 俺は先を歩くバングスを尻目に、ドンタキの耳に口を寄せて声を掛ける。


「あいつ今では門番やってますが、一カ月ほど前までは冒険者をやっておりましてね。その折に、ダンジョンイーター事件に遭遇して使徒様に救われているんですよ」

「すまんが覚えてないわ」

「気にしないでください。まぁ案内にこき使ってやってくださいよ」

「分かった。頼むとしよう」


 なるほど、そういう事情があったのか。

 それならあのテンションも頷ける。


 俺は良い情報を貰ったとチップを彼に渡して、バングスに追いついて馬車を仕舞って城門を潜り、巨大な岩の城の中に入っていった。


「それじゃあ道案内を頼むぞ」

「ははっ!!お任せください使徒様!!」


 バングスは張り切って俺たちの酒蔵に案内してくれた。


「こんにちはー」

「こ、これはこれは!!使徒様ではありませんか!?」


 若い店員が俺の来店に驚き、慌てて奥に飛んでいく。


「いや、流石に放置はだめだろうに」

「そうね」


 俺がため息を吐くと、リンネは口元に手を当ててクスリと笑った。


「ふぉっふぉっふぉ。これはこれは使徒殿とリンネ殿。ようこそ我が酒蔵へ。本日はどのようなご用件ですかな?」

「久しぶりだなビルシュワ殿。元気か?」

「久しぶり」


 奥からやってきたのはもさもさの白いひげを生やした眼光の鋭い老人ドワーフ。この国一番の造酒家であるビルシュワであった。その隣には先程奥に走り去った店員もいた。ただ、その頭には大きなたんこぶをいくつも積み上げていた。


「うむ。今年の品評会でお主の酒に触発されての。また新しい酒を造りたくなった。まだまだ死んでなどおれんよ。それはそうと駆けつけ一杯じゃ」

「ありがと」

「そういう風習があるんだな」


 俺たちは手渡されたジョッキを受け取ってそれを一気に飲み干した。

 かなり強い酒で俺もリンネもそれだけで軽く酔ってしまった。

 もちろんインフィラグメに自動的に調整を指示している。


「そうか、それは良かった。それで今回は、酒を買い付けに来たんだ」

「ふむ、なるほどの。そういうことじゃったか」

「やっぱりドワーフ一の酒蔵ともなると俺みたいな一見には酒は売れないか?」


 少々渋い表情を浮かべたので、俺は苦笑しながら尋ねた。


「いや、お主なら卸しても良かろう。ただし、条件というかお願いがある」

「なんだ?」


 神妙な顔をして返事をするビルシュワ。


 一体どんなことを要求されるんだろうか?

 流石に酒の製法を教えてくれ、とかになると流石に俺も答えられない。

 どうせ元々バレッタが作ったものを、バレッタとワイス、イブ辺りが共同でお酒を造るようになっているはずだ。それを見せろと言われても困る。


「お主の酒を儂に売ってくれんか?」

「ああいいぞ。ただし数は出せないからな」


 しかし、その要求はあまりに拍子抜けだったので、俺は問題ないと引き受ける。


「うむ。分かっておる。あれ程の酒じゃ。そう簡単には作れないじゃろう」


 いや、彼女たちにかかれば結構簡単に量を量産できると思う。

 でも希少性があると思われていた方が何かと都合がいいからな。

 そこはそう簡単に手に入らないと思ってもらわないとね。


「まぁな。それじゃあ五本くらいでいいか?」

「なんと!?そんなに出してくれるのか?」


 俺が出した量が思っていた以上に多かったらしく、ビルシュワ殿の顔色が変わった。


「ああ、このくらいなら大丈夫だ」

「そうかそうか。ありがとの。それじゃあお前たち、すでに出荷先が決まってるもの以外は使徒様の要望に応じて出して差し上げるのじゃ」

『はっ!!』


 気分が良くなって気前が良くなればそれは儲けものだ。


 買い付けのたびに俺の酒も卸すことで、こうして俺は酒を入手することができたのだった。


 この後もいくつかの酒蔵で何度も同じやり取りをすることになったが、概ね酒の仕入れは成功したと言えるだろう。


 そのまま帰るのも味気ないとドワーフの街の宿を取ったその夜。


 酒蔵で毎回出される試飲―と言っても一杯がジョッキ―によって酔ったリンネに襲われて、朝までハッスル羽目になったのは誤算であった。


 リンネは酒を飲むとサキュバスみたいになるのを忘れていた。

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