第223話 崩壊の前奏曲(第三者Side)

「くっくっく。結果が待ち遠しいな」


 男は月明かりに照らされただけの仄暗い部屋の一室で窓から月を眺めながら滴るような赤ワインを呷る。グラスが月の光を反射して輝き、男の顔を照らした。


 そのにやけた醜悪な顔をさらした男はヒュマルス王国の国王その人である。


 高校生たちに監視付きで魔族たちを奴隷狩りまがいの方法で集めさせ、国教である宗教を隠れ身にして合成獣の研究を進めさせた。その研究結果で他国へと侵攻するという計画が順調に進んでおり、ついつい顔がにやけてしまう。


「異世界から来た勇者たちが本当に愚か者たちばかりでホントに手間が省けたわ」


 手厚い保護をしてもらったら簡単に国王、ひいてはこの国を信じてしまったのが高校生達の運の尽きであった。他にも様々な勇者懐柔策を考えていた国王だったが、勇者たちが思いのほか迂闊な者が多かったおかげで楽に30人ほどの超戦力を得ることが出来た。


 そして奴隷として自分の思いのままに忠実に働いてくれている。非常に有用な駒であった。国王はこれで他国を侵略し、人間以外の種族を隷属させ、人間を頂点とした国を作ることが出来ると確信していた。


「くっくっく。あぁーはっは!!」


 だから、笑いが止まらないような状況に、思わず一人で酒を飲んで悦に浸ってしまうのを誰が批判できるだろうか。


 それからしばらくの間、国王はこれからの王国の未来に思いを馳せながら、酒をちびちびと味わいながら夢想する。


 そんな時であった。


―ドンドンドンッ


 扉を激しく叩く音によっていい気分も台無しになってしまう。


 私の気分を害するなどいっそ殺してしまおうか。


 国王の機嫌を損ねた者がどうなるか城内の者はよく分かっているはずだ。なんにせよ彼は折角の気分を台無しにしてくれた下手人の顔を拝んでやることにした。


「誰だ!?」


 国王は不機嫌さを含む声色で少し強めにドアの向こうに声をかける。


「騎士団のマーカスです!!緊急の報告がございます!!」


 しかし、その相手は騎士であり、その返答には焦りが含まれていた。国王の不機嫌な様子に怯んでいることも無さそうだ。


 何かあったのかもしれないと思った国王はすぐに返事を返す。


「入れ!!」

「失礼いたします!!」


 国王の返事に食い気味な勢いで室内になだれ込むマーカス。その様子は明らかに狼狽していた。


「大変でございます!!」

「なんだ!?一体どうしたというのだ!!」

「怪物部隊が全て消息を断ちました!!」

「なんだと!?」


 マーカスの伝えた情報はまさに青天の霹靂。


―パリーンッ


 国王は思わず力を入れ過ぎて手に持っていたグラスを割ってしまった。


 怪物部隊とは奴隷にした勇者たちの部隊である。同じ姿形をしながら圧倒的な戦力を誇る高校生達を同じ人間だとは思えない為にこの名称がつけられたのだ。


 これでは研究が進まないし、魔族を捕まえる事も出来ない。


 国王はそんな事態に愕然としてしまった。


 一体どうなっている?まさか魔族に奇襲を受けたのか?奇襲を受けた程度であの勇者と呼ばれる怪物たちの集団がやられるだろうか?

 そうだとするなら、魔族のクソ忌々しい奴らめ!!目にモノを見せてやる!!


 そんな疑問や感情が国王の頭の中に渦巻く。


「魔王種に襲われたのかもしれん!!すぐに国境近くに布陣している軍で救援に向かうのだ!!」

「ははっ!!」


 すぐにと国王が言ったが、軍まで連絡が届くのには時間がかかる。少なくとも一日は……。ただし、その間に何事も無ければ、だが……。


―ドンドンドンッ


 だが、そんな国王の未来を暗示するかのように再び扉が激しく叩かれた。


 今度は一体なんだというのだ?


「誰だ!!」


 国王はただでさえ悪い機嫌が更に悪くなった。


「はっ!!騎士団からの伝令であります!!」


 なんと再び別の騎士がやってきたのだ。


「入れ!!」

「はっ」


 国王の許可を経て、騎士が入室する。


 今回の騎士も、息を切らし、汗を滝のように流していることから余程急いでここにやってきたことが分かった。


「それで用件はなんだ?」

「はっ!!国境付近に駐屯している我が軍が何者かに襲われ、食料などの物資が全て消滅し、味方の武具が破壊されました」

「は?」


 そのあまりに信じがたいもう一つの報告に、国王は人に見せられないような間抜け面を晒すこととなった。


 

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