第222話 おねえさん
その執務室の主人である机に座ってこちらを舐めるように品定めしてきたのは、かなり美形の偉丈夫。しかし、女性のようにバッチリメイクをして、その口調はやたらを甘ったるく、絶妙にトーンが高くて媚びるようなものだった。
頭には日本の羊用のような角。背中に見え隠れする蝙蝠のような翼。視界の端でチロチロと蛇のようにうごめく尻尾。いかにもインキュバスという種族という感じの見た目をしている。
「久しぶりね、オネエ」
「リンネちゃんおひさぁ♡なんだか私の仲間を助けてくれたんだってねぇ♡ありがとん♡」
くねくねした動きでリンネに近づき、感謝するオネエ。
イケメンなその見た目とのギャップが凄すぎる。
「気にしなくていいわ」
「そ・れ・よ・りぃ、そっちのダンディなおじさまはだれかしらん♡」
「わ、私の恋人よ!!」
流し目で俺の方を見てくるオネエ。突然関係ないことに水を向けられたリンネは狼狽しつつ答える。
自分から言う時はそんなことなかったのに、相手に責められるとまだ恥じらいが残るらしい。
うんうん、恥じらいは無くてはいけないものだ。
「あらあら、うふふ♡あのリンネちゃんがそんな顔するなんて♡いい男なのねん♡」
「ふん!!報告は来てるはずでしょ!!しらじらしい!!」
リンネのほっぺをつんつんと突っついて揶揄っている。リンネは腹立たし気に腕を組んでそっぽを向いた。
「それでもちゃあんと自分の目で確かめておきたいでしょん♡」
「はぁ……全く相変わらずね」
そのマイペースさにリンネはため息を吐く。
なんというか凄いヤツだな魔王ってのは。
「それのくらいで勘弁してくれよな、オネエ……で、いいのか?」
「ええいいわよぉ♡宜しくね、ちゅ♡」
そろそろ頃合いだと思って挨拶すると、ウインクと投げキッスが飛んできた。なんだかハートのようなものが飛んできたのでスッと横にずれて回避する。ハートはそのまま飛んでいき、壁に当たってはじけるようにして消えた。
あれに当たってはいけない。
そんな直感が働いたのだ。
「あ~ら、躱されちゃった、残念♡」
「あんた、私の男に何しようとしてんのよ!!」
「全く、嫉妬しちゃって可愛いわねぇ♡うりうりぃ♡」
「や、止めなさいよ!!」
ガルルと狼のように威嚇するリンネにお構いなしに頬ずりするオネエ。
男なんだが、異性を見るような目じゃないからか特に嫉妬心とか独占欲的な感情が湧き上がってこない。
要するにそういうことなんだろうが、念のためちゃんと紹介してもらいたい。
「オネエは、男じゃないのか?」
「何をいってるのん♡私の心は立派なお・と・め・よ?」
さいですか……。
急に笑顔が怖い。
「オネエは体は男だけど、心は立派な乙女のインキュバスなのよ」
「あらぁ?私は身も心もサキュバスよぉ?♡」
「はいはい、そうね」
リンネが補助するように説明を加えてくれた。
オネエは凄むようにリンネを睨むが、適当にあしらっている。
「そうか、まぁ……なんだ?よろしく?」
「ええ。よろしくね♡」
微妙な空気になったが、俺は苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
挨拶を終えた俺たちは隣の部屋に案内された。その部屋は会議室のような大きなテーブルと椅子が並べられていて、上座にオネエが座り、その近くに俺たちは二人並んで腰を下ろした。
「それで私に何か用があるのかしらん?♡」
「今回の戦争に関してなんだが、あっちの国の人間を殺さないで欲しいんだよ」
「流石に戦争は辞められないわよん?♡」
それはそうだろう。なにせ魔族たちはもどってきたにせよ、相手から一方的に襲われたのは事実なのだから。
「それは分かっている。戦争を止める気はない。ただ、戦っても殺さないようにしてほしいだけだ」
「報告からにわかには信じがたいけど、あなたたちは私たちが最近失ったり、攫ったりされた仲間を助けてくれたのは本当みたいだから、あなたの願いはかなえてあげたいけど、戦争で一人も殺さないなんてかなりの戦力差がないと難しいわよん?♡」
「それは俺が一時的に魔族たちの戦闘能力を上げるから問題ないはずだ」
付与魔法で限定的にバフを掛けてればなんとかなるだろう。それだけの魔力もあるし。
俺がやれば早いっちゃ早いが、彼らから恨みを晴らす機会を取り上げるのは良くないだろう。
「リンネちゃん、そんなことできるのかしらん?」
俺の言葉の真偽を確かめるためにリンネに話を向ける。
「ケンゴができるっていうなら出来るわよ」
「あらあら、とっても信頼してるのねん♡嫉妬しちゃうわぁ♡」
「いちいちそういう方しなくていいから!!」
リンネをからかわないと気が済まないのか、この魔王は。
「まぁいいわん♡あなたがそれだけのことが出来るというなら殺さずに制圧してみせるわん♡」
「ああ、助かる。こんな頼みを聞いてくれたついでと言ってはなんだが、こんなことをしたくはないか?」
無理を言っているのはこっちなので、それとは別に協力してほしいことを頼む。
これが実現できれば俺の気持ちがスッキリするし、オネエ達にとっては良いこと間違いなしだと思うのがだが。
「なんですって!?そんなことできるの!?」
オネエはがたりと机に手をついて立ち上がり、いつもの口調も忘れて俺の頼みに食いつく。
予想以上に良い反応だ。
「ああ。俺が全部無力化するからな問題ない」
「ふぅ……それはありがたいわねぇ♡私のような者たちには死活問題だから、ぜひ協力させてちょうだい♡」
「んじゃ、宜しく頼む」
棚から牡丹餅というか、濡れ手に粟というかオネエにしてみれば大した労力も必要ないのだから拒む理由もないだろう。
あっさりと了承してくれた。
「確かにこれならリンネちゃんも惚れちゃうのわかるわぁ♡私もどうかしら♡」
「俺はリンネ一筋だ。他は興味がない」
「あらあら、つれないわねん♡」
オネエが俺に色目を使って誘うように迫ってくるが、俺はひらりと躱す。その様子を見たオネエはくすくすと笑った。
「~ッ!?」
となりでリンネは俯いて赤くなってプルプルしている。
なにそれ可愛い。
その後、俺達は詳細を詰めて部屋を辞した。その日は城に泊まることになり、個室へと案内されたのであった。
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