第204話 悪夢(ユウキ・コウノSide)

「勇気、学校はどうだ?」

「ん~、まぁ楽しいよ」

「そうかそうか、そろそろ彼女の一人でもつれてきたらどうだ?」

「お兄ちゃんモテるもんねぇ」

「そんな人いないよ」

「真美ちゃんか聖ちゃんが来てくれると楽なんだけど」

「あいつらはただの幼馴染だよ」


 俺は家族と朝食を食べていた。


 父と母、俺と妹の四人。なんだかこうして家族そろって朝食を食べるのも懐かしい気がする。そんなことないはずなのに。なんだか嫌な夢でも見ていた気がするけど、内容は忘れてしまった。物凄く嫌なはずなのに。


「それじゃあいってくるね」

「私も」

「ええ、勇気、咲いってらっしゃい」

「いってきます」

「いってきまーす」


 朝食を終えた俺は、父さんが出かけた後、俺と妹も学校に遅れないように家を出る。


「お兄ちゃんまたね~」

「ああ、じゃあな」


 妹は中学生、俺は高校生。中学校は反対側なので家の外で妹と別れる。夢見が悪かったせいか、学校へ行けるのが物凄く嬉しく感じている自分がいた。本当にどんな夢だったのか思い出せない。でも、心臓を鷲掴みにするようね苦しさを感じ、右で制服の心臓の辺りを掴んだ。


「おっはよぉ」


 そんな時、後ろから強引に肩を組んで挨拶を決める友人がいた。なにかと恰好がチャラいと言われる幼馴染の健次郎だ。セミロングの染めた髪の毛を外ハネされるようなパーマをかけていて、しゃべらなければそこそこモテるんだけど、その軽薄さからあまりモテない。


「おはよ、良かった、生きていたか……」

「何言ってんだ?生きてるに決まってるじゃねぇか」

「ははは、なんだろうな、俺にも分からない」


 なぜかこいつが屈託なく生きているのが嬉しいことのように感じでついつい冗談をいってしまった。しかしなぜ自分がそんなことを言ったのかわからない。でもそう言わなければならないような気がしたんだ。


「おいおい、大丈夫かよ。なんだか顔色が悪ぃな」

「いや大丈夫だ」


 肩を組みながらあの顔を覗きこむ健次郎に俺は力ない笑みを浮かべた。


「勇気、健次郎おはよう」

「おは」


 そんな俺たち元に聖と真美が合流する。


「健次郎どうかしたの?」


 俺たちの様子を見ていた聖が健次郎に尋ねた。相変わらず察するな早い。


「ああ。なんか勇気が元気なくってよ。何かあったのかと思ってな」

「そうなの?勇気どうかしたのかしら?」

「いや元気だよ、元気元気」

「そう?なら良いんだけど」


 そうそう、これが日常だよな。四人で他愛のない感じで話をして、高校に行って適当に授業を受ける。これが、これこそが俺が望んだ日常のはずだ。これ以外の日常なんてあるはずないんだ。


 そう思った瞬間、頭に何かがフラッシュバックする。


『あなたぁああああ!!いやぁああああ!!』

『やめろやめろやめろやめろぉおおおお!!』

『ままぁああああ!!ぱぱぁああああ!!』

『逃げろぉおおおお!!ぐわぁああああ!!』


 見たこともない人じゃない種族たちが俺たちを睨んだり、悲しみにくれて泣き叫んだり、恐怖に彩られた表情で逃げて行ったりする顔をよぎり、思わず目を瞑って蹲った。


 なんなんだこれは!?やめろ、やめてくれ!!こんなもの見せないでくれ!!いやだ!!怖い!!


『勇気!?』


 幼馴染の三人が俺に心配そうに駆け寄るのがわかった。


 俺は恐る恐る目を開けると、そこには俺の日常の街並みはなく、どこまでも続く薄暗い空間と、足元に広がる水たまりのようなもの。そして、人として辛うじて原型を保つ幼馴染たちであろう泥人形の姿だった。


『ゆうきぃいいいい!!ころさないでくれぇえええ!!』

『ゆうきいたいよぉおおお!!やめてよぉおおおおお!!』

『ささないで。きらないで。なぐらないで。けらないで』


 そして泥人形は勇気に縋りつくようにして迫ってくる。


「ひぃ」


 突然変わった世界と幼馴染に恐れをなし、蹲っていた体を後ろに仰け反らせてしまう。そこ下から縋るようにしていた泥人形たちが足の方から、腿、腰、胸と、その不気味な顔が勇気を飲み込むように近づいてきた。


「やめろぉおおおお!!やめてくれぇえええええ!!」


 俺は叫ぶ。


 しかし、泥人形が止まることなかった。


 顔が徐々に泥人形達に埋もれて、もう駄目だ、と思った瞬間、知らない天井が目に入る。先程までの暗闇が消え、泥人形だった幼馴染たちも消えた。


「っは!?……はぁ……はぁ……はぁ……」


 知らない天井はどうやらテントのようで、先程までの事態とのギャップについていけず、俺は体を起こして辺りを確認する。テントの中には数人のクラスメイト。その中には健次郎の姿もあった。


「ぐぅ……ぐぅ……」


 健次郎は間違いなく、普通に生きている。


「そうか……夢か……」


 今現在俺は魔王種とよばれる魔物の巣を破壊する任務させられていた。そんな日常が苦しくて過去に確かにあった幸せな日常が夢となって現れたのだろう。


 昨日も何個目か分からない集落を襲撃し、そこにいる魔王種たちを痛めつけ、拘束させられた。今日も同じように集落を襲撃し、静かに暮していた魔王種、いや他種族の人たちの幸せを壊すことになるのだ。


 そして、その憎しみの多くは俺達に向けられる。俺たちは隷属の首輪をつけられているというのに。俺たちが望んでやってるわけじゃないのに。なんて理不尽な仕打ちだろうか。いや、これは俺たちが調子に乗っていた罰なのだろうか。いくら考えても答えはでない。


 しかし、希望がないわけじゃない。先日集落を襲った時に、兵士たちは築かなかったらしいけど、視線を感じた。その方を見ると、うっすらと誰かがいるのが分かった。


 俺は、集落内の魔王種を痛めつけて捕縛する、という命令だったので、その誰かを見て見ぬふりをして逃がすことができた。


 これである程度正確な状況が伝わるだろう。


 ここで俺たちは死ぬことになるかもしれないが、こんな日常が続くのはもう嫌だ。どうか名も知らぬ誰か、俺達を止めて欲しい。

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