第073話 図書館とアレナ
次の日、アレナの仕事が終わった後、俺たちは彼女の部屋を訪れた。図書館に行くためだ。アレナには執務があるため日中は忙しい。だからこの時間になった。
朝でもいいだろうが、その後に仕事があるのでは落ち着かないだろう。
「いらっしゃいませ、リンネ、ケンゴ」
部屋に入ると、普段女王として来ている風格のある服装ではなく、普通のエルフらしい服装へと着替えて準備万端といった状態になったいた。
楽しみで仕方ないんだろうな。
「おお、すぐにでも行けそうだな」
「アレナったら可愛いわね」
「ふふふっ。誰もが望んだ無限の叡智、その場所へといけるのですもの、それは私でなくても興奮もしますよ」
昨日の悲しそうな顔とは打って変わって、アレナは夢が叶う子供のように無邪気な笑顔を浮かべていた。
「確かにな。実際に行ってみて腰抜かすなよ」
「善処します」
俺のからかいに、胸の前で両手をグッと握って意気込むアレナ。
なんだか姪っ子でも見てるみたいで可愛いな。
俺より絶対年上なのに。
「それじゃあ、いくか」
「はい」
アレナは部屋の外に出ようとするが、リンネは俺の右腕を取り、イナホはそのまま肩の上にいる。
「あら、どうしたのですか?世界樹に行くのでは?」
アレナは外に行こうとしないのを見て、不思議そうに尋ねた。
「そうだ。でも普通の方法では行かない。俺の手を握ってくれ」
俺はそういって左手を差し出した。
インフィレーネ、いや、バレッタ、今は邪魔しないでくれよ。
「えっと、何か分かりませんが、分かりました」
アレナはよく分かっていない困惑した表情を浮かべながら、俺の左手をとった。
ふぅ、ちゃんと触れたな。良かった。
「それじゃあ行くぞ」
『帰還』
俺たちは船に一度戻った。
「こ、ここは何なんですか!?」
「秘密だ。そうだ、目をつぶっていろ」
科学的な部屋にうろたえるアレナに俺はニヤリと笑ってから、指示を出す。
「な、なんでですか?」
「その方が初めて見た時の感動を味わえるだろ」
「確かに」
少し怯えたような顔になったアレナだが、理由を説明すると納得したようだ。
せっかくだから突然見えるより、しっかり心の準備をしてからの方がいいだろう。
アレナが目を閉じたのを確認すると、転送室からそのまま、図書館へとさらに跳んだ。
「目を開けていいぞ」
「それでは……」
図書館に着いた後、俺が着いたことを教えてやると、アレナはゆっくりと目を開けた。
「これは……」
アレナはあまりの光景に眼を見開いたまま硬直してしまった。
目の前で手を振っても全く微動だにもしない。
人間ホントに衝撃的な光景を見るとこうなるのかもしれない。アレナは人間ではなくエルフだが。
「衝撃で固まってるわね。分からなくはないけど」
「そうだな、この光景は何度見ても圧倒されるからな」
「にゃーん(本多いよね~)」
俺とリンネがアレナの顔をまじまじと覗き込みながら囁き合っていると、
「キャッ、な、なんですか、一体……」
と、俺たちの顔が間近にあったことに彼女は驚いて後ずさった。
「何ってしばらく全く動かなくなっていたぞ?」
「そうそう石みたいだったわ」
「そ、そうですか。それは醜態をさらしてしまいました。それにしても本当にここは凄いですね。本当に無限の叡智と呼ばれてもおかしくはありません」
俺たちがお互いに顔を見合わせながら答えると、照れたように少し頬を赤らめてあたりを見回しながら感想を語る。
「お褒めいただき、ありがとうございます」
その感想を言い終えた時、アレナの後ろから声が聞こえた。
アンリだ。タイミングもバッチリである。
「どちら様でしょうか?」
アレナが振り返って尋ねる。
「私は、当図書館の全てを管理をしている司書のアンリエッタと申します。以後お見知りおきを」
「これはこれはご丁寧に。私はエルフの女王のアレリアーナと申します。ってここをおひとりでですか?」
隙の無いカーテシーで挨拶をするアンリエッタに、アレリアーナも慣れた所作で返しつつ、周りに誰もいないのを確認し、言葉の意味を理解して驚愕を表した。
その疑問は当然である。
「ええ、そうですが」
「かなり広そうですが……」
自分としては当たり前のことなので不思議そうに顔をするアンリに、アレナは辺りを見て指し示すように疑問を上げる。
そうだよなぁ。バレッタもアンリも高性能すぎて驚きを禁じ得ない。
「全く問題ありませんよ」
「凄いんですねぇ」
「恐縮です」
相手の言いたいことを理解したアンリは平然と答え、アレナは心底感心していた。
「それで、本日はどのようなご用件ですか、ケンゴ様」
「ああ、アレナの家族が無限の叡智を求めて無限の迷宮に入って亡くなってしまったらしくてな。リンネの友達だし、ないと嘘をつくのは可哀そうだからな。一度見せてやりたかったんだ」
要件を問うアンリに、俺は敬意を簡潔に話してやる。
「そうでしたか。それでは私が当館をご案内しましょう」
俺の意図を組んだアンリが案内をかって出た。
流石パーフェクトメイドの姉妹だ。
「いいのですか?」
仕事を中断させたようで申し訳なさそうにアレナが尋ねる。
「構いません。仕事はいつでもできますから」
「そうですか、それではお手数ですが、宜しくお願いいたします。ちなみに病気に関する本はありますか?」
にこやかに笑みを浮かべて引き受けるアンリ。その好意を受け取ってアレナが頭を下げる。他に誰もいないからこそできることだろう。
そして、一番知りたいであろう知識に関する本の所在を確認する。
「ええ、ございますよ。案内がてらそこにも寄りましょう」
「ありがとう……ございます……」
何事もないように返事をするアンリに、アレナは叩頭して感謝を述べた。
俺たちはアンリの後に続いて館内を歩いて回った。主役はアレナのため、俺たちは一歩引いてついていく。
いろんな場所を案内されるたびにアレナは「わぁっ」と感嘆の声をあげ、目を輝かせていた。
その顔を見れただけで連れて来た甲斐があったというものだ。
「こちらが病に関する本のある列になります。ちなみに症状が分かればもっと絞り込めますが?」
「そうですね。初めは手足が黒くなり、徐々にそれが全身広がっていき、炭のようになる病でした」
アンリがアレナに尋ねると、アレナが当時の記憶を思い出しているように眉をしかめながら症状を伝える。
あまり思い出したくない記憶もあるんだろうなぁ。
「なるほど。黒炭病ですか。こちらになります」
「やっぱりあるんですね……」
症状を聞いてさも当然のように答えるアンリに、アレナは驚きつつも納得という表情を作った。
そして俺たちはアンリに続いて書籍の場所へと移動する。
「読めないかとは思いますが、こちらが一番分かりやすく黒炭病について書かれた書籍です」
「こ、これが……」
その場所に辿り着き、1冊の本を渡されたアレナは震えるような手つきで本を受け取った。
「これで家族の無念も報われます……」
そして目を瞑って顔を上げ、本を抱きしめる。
アレナの頬を涙が伝っていき、零れ落ちていた。
「中身はいかがいたしましょう。読み聞かせましょうか?」
「お願い……できますか?」
万感の思いが込められているだろう。
アンリをジッと見ながらゆっくりと本を手渡した。
俺たちはテーブルと椅子を出してやると、少し離れた場所に同じように出して座ってその光景を眺める。
アレナは泣き笑いを浮かべながらアンリの声を聞いていた。
「これで良かったのかね」
「良かったでしょ。アレナが良い顔してるわ」
「そっか」
俺とリンネは囁きあう。
そして、しばらく読み聞かせの様子を暖かい目で見守っていた。
「zzz」
ちなみにイナホはテーブルの上でグースカと寝ている。台無しである。
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