第2話〈小綿の熱〉

「じんさん、起きていたのですか」


当たり前の様に銀鏡小綿が部屋に入ってくる。

記憶喪失の彼でさえも既に慣れた彼女の行動にしかし、本日の長峡仁衛は何処かおかしかった。


(………うわぁ、顔見れない)


夢の事を引き摺っているのだろう。

長峡仁衛の顔は赤く目が据わっている。

彼女の顔を深々と見つめる事が出来ない。

つい顔を背けてしまうが、そんな長峡仁衛の行動に銀鏡小綿は首を傾げて彼の元へと向かう。


「じんさん、顔が赤いですよ。風邪ですか?」


ベッドの上に座る長峡仁衛に近づき、前髪を上げて長峡仁衛の額に当てる。

目を瞑り、彼の体温のみを感じる銀鏡小綿。

そんな彼女の麗しい顔を間近に見る長峡仁衛は心臓が高鳴り出す。


(小綿、睫毛長いな……いや、違うだろ、そうじゃなくて)


長峡仁衛は彼女から離れる。

前髪を抑える銀鏡小綿はぱちりと目を開いて長峡仁衛を見ていた。


「……熱はなさそうですね。じんさん。何か悪いモノでも食べましたか?」


心配そうな顔を浮かべる銀鏡小綿に、長峡仁衛は手で顔を隠しながら言う。


「あ、あぁ……大丈夫。けど、少しゆっくりさせて欲しい、かな」


長峡仁衛はそう言って彼女を部屋から出そうとするが。


「ダメです、じんさん。母は放っておけません。気分が優れないのならば、母が看病しましょう。さあ、お布団に入って下さい」


銀鏡小綿が布団を剥いで、長峡仁衛を眠る様に諭す。


「いや、本当に、一人にさせてくれないか?」


「……では、消化に良い食べ物を用意しておきますので、じんさんは安静にしててくださいね?」


そう念を押す様に銀鏡小綿は言うと、一度部屋から出ていく。

残された長峡仁衛ははぁ、と息を吐くと、自分の顔がそれほどに赤くなっているのか確認する為に風呂場へと向かう。


「……あぁ、本当に赤いな……あんな夢、見たからかな?……それにしても、なんでこんな心臓がバクバクしてんだよ………」


はぁ、と溜息を吐く長峡仁衛。

どうやら自覚していないらしい。

長峡仁衛は恐らく、あの夢を見た事で恋心が開いてしまったのだ。


それも三人。

銀鏡小綿、駒啼涙、そして九重花志鶴。

この三人に対する恋愛感情を抱いてしまったのだ。

だが、それを長峡仁衛は自覚していない。

だから、自分が抱く感情が性欲であると勘違いしている。


「取り合えず、寝るか……」


長峡仁衛はベッドに潜ろうとした時だった。

ふと、窓の方からかつかつ、と音が聞こえて来た。

一体、何なのだろうか。長峡仁衛はその音を確かめる為にカーテンを開くと、其処には年甲斐も無くはしゃぐみんなのお姉さんが居た。




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