第6話〈兄さま〉

「ん……」


通路を歩いていると、道中で黄金ヶ丘クインが目を覚ました。

うっすらと目を開けて、長峡仁衛の方に顔を向ける。


「大丈夫か?黄金ヶ丘?」


心配して長峡仁衛がそう言うと、黄金ヶ丘クインは呆然とした様子で長峡仁衛を見つめていた。そして、口が開くと、彼女はうすらと笑みを浮かべて。


「兄さん……」


そう長峡仁衛を見て言うのだった。

誰かと間違えている、長峡仁衛は確実にそう思った。

だから、彼女に顔を向けて聞き返すのだ。


「俺が兄さん?」


そう答えると、数秒の間が空く。

そしてふと我に返る黄金ヶ丘クインは、肩を持つ長峡仁衛の体を押し退けた。

長峡仁衛は地面へと転がる。黄金ヶ丘クインは赤面の表情を浮かべて口を開く。


「だ、だ、誰がッ!兄さん、などとッ!」


「お、お前がそう言ったんだろうがッ!痛ェッ、突き飛ばす事ないだろッ!」


そう叫ぶ長峡仁衛。

地面に頭をぶつけてしまった為に、長峡仁衛の後頭部にはタンコブが出来ていた。


「あ、いえ、申し訳ないですわ……えぇと、先程申した事は、どうかなかった事に……」


長峡仁衛に腕が伸びる。

それを握り締めると、黄金ヶ丘クインは長峡仁衛を持ち上げた。


「なんでだよ……あぁ、もしかして」


長峡仁衛は黄金ヶ丘クインの目を見て真剣な表情を浮かべる。

黄金ヶ丘クインは何かに勘付いたか、喉を鳴らして長峡仁衛の目を見つめなおすと。


「……ブラコン、なんだな?」


「なーッ!!」


そして長峡仁衛を持ち上げた手を放す。

再び長峡仁衛が地面に転がった。


「だかッ、だからッ!手ェ放すなよッ!!」


「ああああな、あなったがッ!変な事を言うからでしょうにッ!そんなッ、私が兄さんの事を好きだなんて、そんな筈、ないでしょうッ!?」


その狼狽ぶりは、長峡仁衛の言葉を肯定している様なものだった。


「あー……まあ、別に良いけどさ。誰の事が好きでも」


「……それって、どういう意味、ですの?」


胸に手を抑えて、黄金ヶ丘クインが頬を赤く腫らしながら言った。

長峡仁衛は一人で立ち上がり、後頭部に出来た二つのタンコブを抑える。


「別に、誰が好きでも良いだろ?叶わない恋、なんて考えは窮屈で嫌だしさ」


「しかし……せ、世間が、どう言うか」


兄妹で愛を育む事などおかしい。そう黄金ヶ丘クインは思っている。


「いいんだよ。世間なんてどうでもいい。自分の心に従う事が悪い事なら、世界の全て、その殆どが悪だからさ……だから、自由にすればいい」


そう長峡仁衛は笑みを浮かべて言う。

どうしようもなく、無責任な言葉だが。

記憶を失った長峡仁衛だからこそ言える言葉でもあった。

長峡仁衛には記憶がない。だからどれが正解なのか分からない。

だから、自分の心に従う。それが本心であり、本能であるからだ。


(あ、でも俺たち許嫁なんだっけ?……まあ、解消するだろうし、別に良いか)


そんな能天気な事を考えていた長峡仁衛。

黄金ヶ丘クインは俯いていた。それを心配する様に長峡仁衛は見つめる。


「どうした?」


「……本当に、本当に、良い、んですのね……長峡さん。……いえ」


「ん?」


黄金ヶ丘クインが顔を上げた。

その表情は、恋する乙女であった。


「兄さま」


……………長峡仁衛は固まった。

唐突に、黄金ヶ丘クインが長峡仁衛に潤んだ瞳を向けながらそう言ったからだった。

何かがおかしい。そう思ったが、もう遅い。


「兄さん、お兄ちゃん、兄上、……やはり、元の呼び方でも良いですか?兄さま。あぁ……この呼び方が一番しっくりきます。兄さま。兄さま……」


長峡仁衛を抱きしめる黄金ヶ丘クイン。

もう二度と離さないと、長峡仁衛を強く握り締めて頬ずりした。


「え、ちょ、はッ!?俺、あえ!?」


混乱する最中。ふとした視線に長峡仁衛は振り向く。

其処には、九重花志鶴が立っていた。

長峡仁衛と黄金ヶ丘クインを抱きしめる様を見て、冷めた目をしている。


「あ、姉弟子ッ」


「……仁の」


深く息を溜めて。


「すけこましぃ!!」


そう叫んでその場を立ち去る九重花志鶴。


「あ、姉弟子ぃ!」


「兄さま……」


うっとりとした表情をする黄金ヶ丘クインを引き摺って九重花志鶴の元へ向かう長峡仁衛。そして道中、出口を発見したので、幽世から脱出する事が出来た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る